2008年5月 7日 (水)

徳川期における脱呪術化(Entzauberung = Demagicalization in Tokugawa Japan)

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例えば近世初頭の理学者小瀬甫庵(1564-1640)は、前田利家による石動山天平寺(天智天皇の勅願所と伝えられる)の焼き打ちにふれて次のように述 べている。「代々之秘法も調伏之護摩も本尊之神力も、実理にあふては其甲斐露なく見ゆ」「歴々たる武士たちの武運長久之戦功を仏神に便り、珠数の力を憑 む事は何事ぞや」と。彼によれば「理に背けば天に背く」のであり、「天意」に合うか合わぬかが人の運命の岐路となる。従って神仏の力を頼む呪術はすべて無 効だというのである。晩年の彼は生涯を振り返り、織田信長が妄僧に騙されなかったため「寺院の法力」もその頃から衰えだした。・・・。
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平石直昭『日本政治思想史』放送大学教育振興会(1997年)、pp.25-26

 織田・豊臣政権、そして、徳川政権といった戦国武将出身の軍人政治家たちは、中世における「呪術の園」ともいうべき顕密体制への禁忌を、全く新たな「外 部」=キリシタンによる神仏否定を思想的梃子として振り払い、そのうえで、むき出しの暴力=軍事力をその顕密権門へ行使し、彼らの思惑通り、それらを次々 とその足下に組み伏した。

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2008年5月 4日 (日)

太閤検地の再検討

 少し前に、石高制について四回ばかり記事(下段・注参照)を書いた。今回気になり、その記事を自分で読み直したら、幾分おかしいことに気付いたので、再述する。

 中身は、池上裕子『織豊政権と江戸幕府』(日本の歴史15)、講談社(2002年)、第五章、「1 太閤検地の再検討」、pp.172-190、のリライトである。

 同著のその節における池上氏の本来の意図は、これまで、戦後マルクス主義経済史学の強い影響力の下で、結果的に日本近世史上、特権視されてきた‘太閤検 地’を、もう少し長いスパンで見直すことで、中世、または戦国期からの連続性の中で‘太閤検地’を妥当に評価し直そうというものである。しかし、私の目的 は、その内の‘石高制とはなにか’という部分に限定される。ただ、その限定した目的だけでも、事が少々ややこしいので、頭の整理には役立つと思う。

■斗代、ほかの再定義

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2008年5月 3日 (土)

私もブーメラン実験

 宇宙飛行士・土井隆雄さんが国際宇宙ステーション内で行ったブーメランの実験。映像は、ココ↓で見ることができる。

ビデオライブラリ - 宇宙ステーション・きぼう広報・情報センター - JAXA

 で、私も久しぶりに工作をしてみることにした。といっても、徒手空拳では不可能なので、こちら↓の設計図を使わせてもらった。

東京工業大学広報誌 Tech Tech - こちら学生企画室「ブーメランを科学する」

 なにしろ、ウン十年ぶりの工作なので、ひどく手間取ったが、なんとか設計図どおり、牛乳パックに図面を引いて、鋏で切り出して、ようやく完成。

 早速、野外実験。ただ、生憎、本日、私の住むあたりは、せっかく晴れたのに、ちょっと風が強い。室内での予行演習では、羽が開きっぱなしだと、空気抵抗 が大きすぎて、すぐ失速していたので、三枚の羽すべてを開いている側をテープでとめ、少しでも回転しやすくしたうえで、実験開始。

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「文明」再考

「 以上のようにチベットでは仏教は深く根を下ろし、社会的な拡がりを持ち民衆の間に浸透して行くとともに、高い哲学的発展をとげ、ここに世界で特異なチ ベット仏教、俗にいうラマ教が形成されたのである。この意味で、・・、チベットは仏教が現在にいたるまで常にその文化の主流を形成して来た唯一の国であ る。このチベット仏教はチベット内部のみならず、十三世紀から、特に十六世紀以来蒙古に伝播し、ヒマラヤ山中の小国であるブータン、シッキム、そしてネ パールの北部をも含む内陸アジアの中部にチベット仏教圏を形成している。また、今はほとんどなくなってしまったインド仏教の原典の忠実な翻訳の数々をもつ チベット仏教は、仏教学においても重要な位置をしめている。
 このような歴史的・宗教的背景をもつチベット人に接してみると、日本人などには見られないほどの強い宗教的バックボーンがあることを感ずる。それはラマ 僧ばかりでなく、乞食をしながらインド巡礼にくるチベット人にも感じられるものである。これはヨーロッパのキリスト教諸国、モスレム教のアラブ諸国、ヒン ドゥ教のインドの人々に共通する宗教に鍛えられた精神の強さである。
 日本人が高度の文化をもち、その知識においては比類ないほどのすぐれたものを持ちながら、強い精神的バックボーンを持たず、常に落着きがないのは、いず れの宗教、哲学も強い根をおろさず、また日本独特の、道徳までも規制する宗教的・哲学的発展がなされなかったためではなかろうかと、チベット人に接したと きに感じたのである。」(1)

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2008年5月 1日 (木)

待つ身は辛い

「最後に折原浩氏に言っておこう。貴兄はこの本を見ると、羽入は自分の批判には一切答えずに、また別の本を出した、無責任極まりない、などと言ってくるんであろうが、それは誤解であり、貴兄がそこで苛立つ必要は何らない。本書を書き始める前の段階で、貴兄への反駁書『学問とは何か -「マックス・ウェーバーの犯罪」その後- 』と題した完成稿を、筆者はミネルヴァ書房にすでに提出しており、現在校正中である。本書は、右記完成原稿の提出後に書いたものである。筆者の心づもりとしては、貴兄への反駁書が出た後で本書を出したかったのであるが、校正の分量の差がケタ違いで、出版の順序が結果的に後先になってしまったものである。次に出る本で貴兄の論難に対しては逐一反駁してあるので、楽しみに待っていらして頂きたい。

 二〇〇七年十月十八日 世田谷区の自宅にて               筆者」

羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ  一生を母親に貪り食われた男』PHP新書(2007年)、p.205、あとがき、より

 それから、はや半年。いまだにミネルヴァ書房から出版されていないし、そのHPに予告らしきものはなし。はて、いかがなされたものだろうか。

 そうこうしているうちに、上記の羽入氏本とほぼ同じ視点からのものが出版されているのを知った。下記。

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2008年4月30日 (水)

携帯からも読めます

最近まで知りませんでしたが、携帯からも記事が読めます。通勤、通学の心の慰めに(-_-;)、アクセス頂ければ幸いです。m(_ _)m

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無知のヴェール(veil of ignorance)

「・・、各当事者は、人間についての一般的な事実 - 世の中には、健康な者もいれば病弱な者もおり、裕福な者もいれば貧乏な者もいるというような事実 - は知っているものの、自分自身の属性 - 自分自身が健康か病弱か、裕福か貧乏か、有職者か無職者か、自分はどのような生き方を善いとするか - についての情報はまったく与えられていないのである。」
平野仁彦・亀本洋・服部高宏『法哲学』有斐閣(2002年)、第1章、p.15

 上記は、ロールズ(John Rawls)の正義論において、人々が原初状態(original position)から、契約状態に移行する際、ロールズのいう「正義の二原理」をもし採択するならば、こういう条件がなければならないだろう、として掲げた、仮定ないし条件の一つだ。それを「無知のヴェール veil of ignorance 」という。

 ただ、上記教科書の説明の仕方はちとどうかと思う。「自分自身が健康か病弱か」、「裕福か貧乏か」なんて判断できないなら、そもそも意思能力、民法第7条の「事理を弁識する能力」(事理弁識能力)がない状態としか言えないだろう。それでは契約もできまい。

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2008年4月28日 (月)

エートスの進化( The evolution of ethos )(2)

 エートスが進化するとしたら、それは社会に受け入れられているエートスの交代だと前回述べた。

 つまり、エートスXがエートスX+やエートスX-に歴史的に遷移したならば、それはエートスXが、X+やX-に変容したのではなく、異なるエートスであるX+やX-に切り替わったのだ、とみなせるし、それが歴史の進化的理解にも合致する、ということだった。

 では、エートスXが存在して、そのT歴史時間後にX+やX-が出現するとしたらどのような経路が考えられるだろうか。契機は三つある。1)異なる預言者の出現、2)エートスXをもたらした預言者x自身の思想変化、3)預言者xの思想が、ある社会層のエートスXとして受け入れられる際の変形、である。

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2008年4月26日 (土)

ある書評

 下記は、私が勧めて、知人に書評を書いてもらったものである。この人物については、本記事の最後に種明かしをするので、まずは、全文を読んで戴きたい。

書評
戸田山和久『科学哲学の冒険 -サイエンスの目的と方法をさぐる-』NHKブックス(2005年)
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 この本は、主に大学一、二年生向けの「科学哲学」の入門書だ。まず、「科学哲学」という言葉を聞いて、理系の「科学」と文系の「哲学」が一緒になったこの言葉に疑問を持つ、あるいは難しそうだ、とどこか敬遠しがちになってしまうかもしれないが、本書は対話形式で、なかなか読みやすく書かれている。

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2008年4月25日 (金)

エートスの進化( The evolution of ethos )

 進化理論は、変異と選択という二つの概念装置から構成されている。

 変異とは、ある種が何らかの要因で変ることであり、選択とはその種の持つ形質がその種が生きている局所的世界、つまり生活環境にうまくフィットしているため生き残る、という意味である。

 そして、この二つの事柄は全く独立したことだ、というのがダーウィン進化論の核心だ。その二つの組み合わせで進化という現象、つまり「1世代を超える時間的なスケジュールでの生物の(遺伝的な変化を伴う)形質の時間的変化」*が起こるのだとする。

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金言シリーズ(その9)

You can't change your past.
But you can change your future.
Because you are making your future now.

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2008年4月22日 (火)

Republicanismは、共和主義か?

 まつもとさんから貴重なコメント戴いた。

 そこで、資料的なことを書いておこうと思う。

■「共和」の出典

「現在 republic の訳語として用いられる共和という語も、昔も今も細かい内容においてはちがうけれども、大体枠は同じであって、これは中国の古典においてもかなり古くから用いられて来たところで、周の国が乱れて後、共和という政治時代になっている。これは『史記』の「周本紀」に明記されているところである。」
新村出『語源をさぐる』旺文社文庫(1981年)、p.203

■訳語経緯

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2008年4月18日 (金)

ダーウィン進化論の本質(The essence of Darwinism)

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 プラグマティスト、ジェームスはダーウィン進化論の良き理解者でもあった。彼は、当時広く流布していた、ハーバート・スペンサー流の「まちがったダーウィン主義」を批判していた。スペンサーは、進化が自然環境(風土)、祖先の条件などに起因するとして、社会が変化を決定するという主張がダーウィニズムの本質なのだとしていた。ダーウィンはあらゆる自然の変異が、無方向で無目的であることを積極的に肯定していた。またダーウィンの「選択」の概念には起こったことを後から(ア・ポステリオリ)記述する以上の意味は含まれていない。ダーウィンは、誰も選択しない、ただ結果としての選択が起こるだけなのだ、と言ったのである。しかしスペンサーはダーウィニズムを社会決定論的に読みかえていた。

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2008年4月16日 (水)

リマの江戸人

網野:
 ・・・。
 先ほどアメリカの話が出ましたが、十七世紀の初頭にペルーのリマに日本人が二十人いたことは確実なのですよ。これはペルー史をやっている私の長男(注・網野徹哉氏)に聞いたのですが、メキシコにも相当いたらしいですね。彼らは、宮城県の金華山沖から北回りで行ったようですね。私は南からではないかと思っていたのですが。

川勝:
 黒潮→北太平洋→カリフォルニアの海流のルートでしょう。スペインのガレオン船がアカプルコからマニラに来て、どうやってアカプルコに戻るかというと、同じ海流のルートです。

網野:
 明治時代、伊予の漁民がこのルートで、毎年のようにカナダのバンクーバーに行ってるのです。難破したことなどないと言っていました。

川勝平太/濱下武士 編著『海と資本主義』東洋経済新報社(2003年)、pp.198-199

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2008年4月12日 (土)

開発援助“帝国主義”(さらに少し追記)

 あるコメントへのresから敷衍して記事化しておくことにする。

 これまで、開発途上国への援助は、主に旧宗主国を主体として、アフリカなら西欧諸国、中南米ならアメリカ合衆国、アジアなら日本、という具合に分担化されてきた。

 この動きは、第二次大戦終了後から延々と続いてきた。「延々と続いてきた」ということは、開発援助は大抵失敗していた、ということに等しい。なぜなら、「開発」援助がうまく行っているなら、途中で経済的に自立し、先進国からの援助なしで自立できているはずだからである。

■なぜ、先進国の開発援助は失敗しつづけたのか

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2008年4月10日 (木)

ロゴスという名のエコノミスト(A economist of the name to call Logos)

 久しぶりに再読して、その見事さに感じ入ったエッセイが下記。所収されている単行本も品切れなので、短いこともあり、全文、掲載することにした。著作権の問題はできれば目をつぶって戴きたい。所収本は、アマゾンのマーケットプレイス(古書)でもごく安価だ。興味をもたれた方は、購入されてしまうことをお勧めする。小見出しは、renqingが付けた。blogという媒体上、比較的長い文にはマイルストーンが必要と感じたためである。著者の意図をいささかでも損なわないことを願う。

〔補註2008/04/10〕「ロゴス」に関しては、下記もご参照戴ければ幸甚。
教皇ベネディクト十六世のレーゲンスブルク大学での講演 信仰、理性、大学――回顧と考察 (2006.09.12) (2)


関曠野「欲望を思考する」(1985年) 
 〔 同著『野蛮としてのイエ社会』御茶の水書房(1987年)所収、pp.345-347 〕

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2008年4月 7日 (月)

事実の重みに耐える

 理性的ということのなかには、好悪を超えて、事実を尊重する態度が含まれる。さしずめ、下記の番組内容などが典型的なことがらと言えよう。日本テレビ、2008年4月6日(日)夜放送済み。

20080406_2 兵士たちが記録した 南京大虐殺
「彼が探り当てたのは、兵士が最前線で綴った「陣中日記」。そこには日本軍が中国人捕虜一万数千人から二万人を一挙に虐殺したことが記されていた。」

 


*下記も参照
「美しい国」を目指す日本の、「美しくない」記憶

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2008年4月 6日 (日)

17世紀科学革命と「紀律化」

「ドイツの歴史学において「紀律化」の問題として扱われる過程が、トゥールミンによって別の側面から、十七世紀的合理主義の形成と展開の問題として論ぜられていることは、明らかであろう。トゥールミンは「紀律化」の過程を科学史と連動させ、「紀律化」に伴う「コスモポリス」観の転換を跡づけているのである。」
村上淳一『仮想の近代 - 西洋的理性とポストモダン -』東京大学出版会(1992年)、p.152

 村上氏も述べるように、このトゥールミンの記述はなかなか示唆的である。ここからいくつかの問題群を呼び出せるのだが、それにはしばらく時間を戴くこととしよう。

〔注〕引用文中、トゥールミンと述べているのは、下記の文献である。

スティーブン・トゥールミン『近代とは何か』法政大学出版局(2001年)

Cosmopolis: The Hidden Agenda of Modernity

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2008年4月 5日 (土)

徳川期における法人化、紀律化を巡って(1)

「わが近世の「家」は、ヨーロッパの(そしてある程度まではわが中世の「家」もそうであったと考えられるが)私的・自立的な Haus とちがって、上位者への奉仕から切り離しては観念されてなかった。いいかえれば近世の「家」は、「家職」= 「奉公」という目的のための一種の目的団体に他ならない。」
 石井紫郎『日本人の国家生活』(日本国制史研究Ⅱ)東京大学出版会(1986年)、p.175

「同族、ならびに、その基礎にあるイエなるものは、目標志向団体(goal oriented corporations)であって、そのおのおのは、自己の活動の成果、およびそれ自身の無際限な永続化に関心を抱いている。」
 F.L.K.シュー『比較文明社会論』培風館(1971年)、p.315

 ここで、ガス欠となった。次回へ続くことにする。

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2008年4月 2日 (水)

日本初期近代(徳川期)における「勤勉革命 Industrious Revolution 」(2)

■社会的紀律化 (Sozialdisziplinierung)とはなにか

「社会的紀律化とは、近代ヨーロッパの成立過程を「紀律 (disciplina)」」の深化と拡大という観点から描き出した概念である。類似の概念としてはマックス・ヴェーバーの「合理化」やノルベルト・エリアスの「文明化」があるが、これらは社会経済的諸関係の長期変動のプロセスを外在的・社会学的に記述したものであった。
 これに対して、社会的紀律化の概念的特徴は、客観的要素にとどまらず同時代人の意思や行動といった主観的要素までも含めた形で、政治・経済・社会・文化のあらゆる局面で進行した秩序形成と自己抑制のプロセスを内在的・歴史的にとらえようとする点にある。その意味において、社会的紀律化の概念は、精神史・国制史・社会史を綜合し、国家権力から中間的諸権力をこえて民衆の心性までも射程におさめた包括的な分析枠組といえる。」
勝田有恒/森征一/山内進編著『概説西洋法制史』ミネルヴァ書房(2004年)、p.226

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