吉田健一の中島敦評
「・・、叉かういう打てば冴えた音を發しさうに思へる程緊密に言葉を配置した文章を書くものが、その為にどんな苦労をするかは察せられるが、その苦労をすることが出來るものにとっては文学はさうした作品以外のどのようなものでもない筈である。」
吉田健一著作集第16巻、p.274所収、1980集英社
ある人物の才能への評言として、これほど凄みのある言葉は、めったに見ることの出来るものではないと思います。この文だけでも、吉田健一の批評家・文章家としての力に脱帽です。参りました。
*下記も参照。
「・・・支那の文学が世界の近代文学と呼ばれてゐるものと同様に言葉による完璧な表現といふことを意識的に狙ふものだつたからで、そこに日本の近代文学といふものに就て一つ考へて置いていいことがある。明治以後に日本に入って来た外国文学上の主張や傾向が色々ある中で日本に本式に消化されて結実したのが一般に近代文学と称されてゐるものだけであるのはその下地になるものがその前から既に東洋にあつたことを原因してゐる。我々が普通に近代的と考へてゐることが非常に多くの場合、我々が東洋的といふ言葉で表してゐることと同じであるのは近代の状態が古くから東洋にあつたことを示すものでなければならなくて、伝統の堆積と交錯、思索の徹底、精神の洗練による頽廃などがヨオロツパに近代が生じたのに就て挙げられてゐる理由であることを思ふならば、その前に東洋に近代が来てそれが一つの伝統にさへなつて今日に及んでいるのは少しも不思議ではない。」
「・・・支那の文学の近代性が中島敦といふ一人の近代人の関心を惹いたとみるべき・・・」
ともに、吉田健一 『作者の肖像』 1970年(著作集第16巻pp.274-5、集英社1980年、所収)
| 固定リンク
「文学(literature)」カテゴリの記事
- 徂徠における規範と自我 対談 尾藤正英×日野龍夫(1974年11月8日)/Norms and Ego in the Thought of Ogyu Sorai [荻生徂徠](2023.08.30)
- What is 'lucid writing'?/ Yukio Mishima (1959)(2023.08.06)
- 「明晰な文章」とはなにか/三島由紀夫(1959年)(2023.08.06)
- 暑き日を海にいれたり最上川(芭蕉、1689年)(2023.08.02)
- 生きていることの罪と喜び/深瀬基寛(朝日新聞、昭和40〔1960〕年7月4日、日曜日)(2023.07.26)
「Tokugawa Japan (徳川史)」カテゴリの記事
- 徂徠における規範と自我 対談 尾藤正英×日野龍夫(1974年11月8日)/Norms and Ego in the Thought of Ogyu Sorai [荻生徂徠](2023.08.30)
- 暑き日を海にいれたり最上川(芭蕉、1689年)(2023.08.02)
- Giuseppe Arcimboldo vs. Utagawa Kuniyoshi(歌川国芳)(2023.05.24)
- 徳川日本のニュートニアン/ a Newtonian in Tokugawa Japan(2023.05.18)
- 初期近代の覇権国「オランダ」の重要性/ Importance of the Netherlands as a hegemonic power in the early modern period(2023.05.15)
「西洋」カテゴリの記事
- LILIUM: ラテン語によるアニソン/ LILIUM: The anime song written in Latin (2)(2023.11.29)
- 自由と尊厳を持つのは、よく笑い、よく泣く者のことである(2)/ Freiheit und Würde haben diejenigen, die oft lachen und oft weinen (2)(2023.06.06)
- 自由と尊厳を持つのは、よく笑い、よく泣く者のことである(1)/ To have freedom and dignity is to be one who laughs often and cries often (1)(2023.06.05)
- Giuseppe Arcimboldo vs. Utagawa Kuniyoshi(歌川国芳)(2023.05.24)
「中国」カテゴリの記事
- 二千年前の奴隷解放令/ The Emancipation Proclamation of 2,000 years ago(2023.01.29)
- 日本の若者における自尊感情/ Self-esteem among Japanese Youth(3)(2022.09.29)
- 日本の教育システムの硬直性は「儒教」文化に起因するか?(2021.05.18)
- 現象学者としての朱子/ Zhu Xi as a Phenomenologist(2021.03.31)
- 中国人社会における「個」と「自由」/ Individuality and Freedom in Chinese Society(リンク訂正)(2021.03.22)
コメント