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2005年7月27日 (水)

徳富蘇峰(2)

 先の指摘箇所近くに、社会進化論の影響も論じられています。徳川末期には、蘭学書からの知識として石門心学者の著書に進化の観念がのべられているそうです。日本で進化論が欧米よりも受容されやすかった背景の一つに、ニホンザルが身近にいたこともあるらしい。(「初しぐれ猿も小蓑をほしげ也」芭蕉『猿蓑』)

 それよりも、明治初期に流入したH.スペンサー流のものが重要でしょうが。

 イエ社会の「立身出世主義」、社会の科学としての「社会進化論」は、日本伝来の「自然」観念と相互に微妙に媒介し合って、ともに非倫理的な、明治の「絶対主義的国家理性」(関曠野)、日本知識人の「便宜主義」(米原謙)、の創出に与っていた可能性が考えられます。

中国からのその地位の承認(近世まで)→欧米列強からのその地位の承認(明治以降)→国家そのものの立身出世→帝国主義競争への参入、

という連想もできそうです。

*参照
徳富蘇峰、「便宜主義」の範例
徳富蘇峰(3)

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