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2005年7月29日 (金)

ニホンか、ニッポンか

 日葡辞書では、確か、nifon、と表記されていたと思います。また、長谷川如是閑も、元来、ニホンの読み方が普通だったのに、軍部や右翼の連中がニホンでは威勢が悪いと、ニッポンと呼ぶようになったのだ、と憤っていたと思います。いまじゃ、NHKもニッポンですから、これは国語学的に考証して、正してもらいたいですね。

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コメント

大山 様
ありがとうございました。古代から、少なくとも徳川初期までは、nifon が正しそうですね。ヘボンの『和英五林集成』を改めてチェックしましたが、読みは、nihon, nippon の両方収載されていました。何かわかりましたら、またよろしくお願いします。

投稿: renqing | 2005年8月 1日 (月) 02時49分

 古代東アジアにおける「日本」の誕生は、中国からの影響を封じ込めるために誕生した天皇とともにあるとされていますが(ストーリーテラー:藤原不比等)、ひょっとすると「大日本」の呼称も同時期くらいに始まっているかもしれないですね。
 その後、明治維新で再び天皇を必要とし、昭和初期に「(ダイ)ニッポン」を正式呼称として、日中戦争へと至ったのは、きっと偶然ではなく、歴史の回帰現象なのでしょう。
 こんなサイトを見つけました。
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落書き帳アーカイブズ
日本は「にほん」か、「にっぽん」か?
http://www.glin.jp/arc/arc.cgi?N=421
「にっぽん」を「正しい」ということにしたのは,確かベルリンオリンピック(1936年)か,“幻の”東京オリンピック(1940年)だったように記憶しています。
「日本」という国の名前が成立するのは律令制確立に向かう7世紀後半の天武・持統朝のことだと考えられていますが(「天皇」が成立するのもこの頃。だから聖徳太子の叔母さんを「推古天皇」と呼ぶのは後の時代からさかのぼってのこと。叔母さんが生きているときは「天皇」ではなかった),当時の日本語には“つまる音”(小さい“っ”)はありません。「ほ」の発音も今とは違って「ふぉ」(← fo と唇をかまないこと)や「ぽ」のような音だったらしい。
だから“正しい”発音は「にぽむ」→「にふぉむ」のようなものっだようです。
それが「にほん」になったり「にっぽん」になったりしたのです。

投稿: 大山謙吾 | 2005年8月 1日 (月) 02時05分

大山様。コメントありがとうございます。私もこれ、という資料を知らないのです。長谷川如是閑の発言も、何かの拍子でみた、全集月報のインタビューだったと記憶しているだけで。確実なのは、歴代の小学校国語読本を年次ごとにあたることだとは思うのですが。便利な資料を見つけたらまたご案内します。

投稿: renqing | 2005年7月30日 (土) 03時34分

renqingさんこんにちは。例の「大日本」に関連して、私も同様のことを考えていました。大日本帝国憲法は基本的にダイニホンテイコクケンポウと呼んでいたはずなのに、戦前のラジオ放送では、「ダイニッポンテイコクリクグンは・・・」となります。
個人的に史料を探す必要性を感じておりますので、何か良い書籍をご存知であればご教示ください。

投稿: 大山謙吾 | 2005年7月29日 (金) 12時46分

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