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2005年8月16日 (火)

I.バーリン対A.セン

 1998年ノーベル経済学賞を受賞したA.センと1997年に亡くなった政治思想家I.バーリンは、1950年代の終わりに、ちょっとした論争をしている。センはまだ20代バリバリの少壮数理経済学者として、バーリンは成熟した40台の政治思想家として。

 論争そのものは、バーリンのエッセイに対して若きセンが噛み付き、それに対してバーリンがだいぶ経ってから(10年後)反論したというものである。だから、論争というよりは応答というべきかも知れない。随分のんびりしたものだが、内容はかなり深刻である。なにせ、決定論と道徳が両立するかしないか、という人間性に関する見解の対立だから。

「もしも決定論が真であると証明されるなら倫理のことばは徹底的に改められねばならないだろう」アイザィア・バーリン『自由論』みすず書房1971、p.31

 ここで、バーリンと関曠野は同一地平に立つ。

「・・・この思想(「自然」という思想;引用者注)の暗黙の狙いは、人間は自由なるがゆえに道徳的責任を免れえない存在であるという倫理の否認だからである。」関曠野『歴史の学び方について』1997、p.137

 同じ人間観に立つの理由は、二人が旧約の思想を踏まえているからであろう。バーリンはユダヤ人として、関曠野は人間性の探求者として。

 センの思想における決定論が現在どうなっているのかわからないが、少なくとも社会”科学”者の言には気をつけたほうがよさそうだ。彼らには、人間行為における責任や、善悪の判断に裏付けられた自由、という言葉が通じないからである。

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