《週》の感覚
現代日本人の日常的なスケジュール感覚は、《週 week 》ではなかろうか。これには仕事や学校の週休との直接的関連が強そうだ。また、子どもたちの場合なら、テレビ番組の週間プログラムの影響から、「今日は、何々がある日だから、何曜日」とうこともあろう。
それでは、《週 week 》の感覚がいつ日本に入ってきたのか。
起源はわかっている。週日制が官庁で勤務単位として採用された明治9(1876)年4月からである。普及に力があったのは、学校の時間割。旧陸軍の内務班生活規律(週番、教練の休み=水曜土曜の午後と日曜、外出許可=日曜)。そして、工場勤務。
学校、軍隊、工場。どれもが19世紀以降、全世界を紀律化する動因となっている。日本もその例外ではなかった。特に、日本では、明治クーデタ政権が、生活のあらゆる面でその支配を全日本人に内面化する有力な梃子(てこ)となった。
では、それ以前の日常的なスケジュール感覚はなんだったのかが、今ひとつわからない。暦法を構成する基本的周期は日,月,年であるから、日と月の中間のスケジュール感覚はなかったと考えるほうが適切なのかもしれない。
何かご存知の方、ご教示頂けると助かります。
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コメント
ハラナさん 亀レスです。徳川も末期になると、地方によっては、一年の1/3近くが休みになっている農村もありました。下記をご参照下さい。
近世の村は、週五日制?
http://renqing.cocolog-nifty.com/bookjunkie/2005/10/post_113b.html
ですから、
「村まつりなど、非日常以外は、ずっと労働日だったとか」
の言は、訂正を要すると思います。
投稿 renqing | 2006年2月20日 (月) 01時53分
■『ウィキペディア(Wikipedia)』の「週(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B1)」には、「一般に、1週を7日間としているのは、聖書で、創造主が世界を6日間で創り上げ7日目に休暇をとったから、という説明がされるが、実際には、天球上を移動する太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星の7つの天体、いわゆる七曜(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E6%9B%9C)が由来」とあります。
■それと、おそらく太陽暦が一般化するまえは、ほとんどの暦法は太陰暦によっていたはずで、月の満ち欠け/干満の周期が7ないし7.5の2倍、4倍というかたちで、認識されていはずです。
■もちろん、これらの問題と、西欧近代の時間リズムである1週間という生活リズムの日本列島への定着が別次元にあることは、たしかです。■村まつりなど、非日常以外は、ずっと労働日だったとか、盆暮れ以外に、やすみなどないというのが、商家の小僧さんたちの「リズム」だったとききますし。
投稿 ハラナ・タカマサ | 2006年2月13日 (月) 12時50分