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2005年10月13日 (木)

菅生浩『巣立つ日まで』ポプラ社(1974)

《この本にまつわる事》
 1970年代から80年代初めにかけ、「少年ドラマシリーズ」という名の、中学生、高校生を主人公とした短期連続ドラマが、シリーズとして、NHKで放送されていたことをご存知だろうか。現在、ちょうど40歳代に当たる方々が中高校生の頃である。菅生浩のこの本はその中の「巣立つ日まで」(1976)の原作となったものである。

 このテレビドラマ、そしてその主題歌自体がよい出来で印象深く、私の記憶に長く残っていた。ある時、雑誌の特集(『東京おとなクラブ』)で、このドラマの製作サイドのことを知った。原作があることもその時知ったのだが、ドラマと原作がかなり違うとキャプションがあり、それが頭の片隅に残っていたのだろう、郊外のうらぶれた古書店でたまたま見かけた背表紙に『巣立つ日まで』とあり、ハッと手に取ったのがこの本である。

 当然、すぐ購入し(100円!)、一気に読み通した。登場人物はテレビドラマと重なってはいたが、確かにストーリーは全く別物だった。そして、この青春小説がそのドラマ以上に優れ、大げさに言えば、戦後出たその手のものの中でも傑作の部類に入るのではないかと感じた。それほど素晴らしかった。菅生浩はこれ以降何冊か書いているようだが、あまりパッとしなかったようだ。この『巣立つ日まで』以上のものを書けなかったのは間違いない。この作家の運命だったのだろう。

《物語》
 昭和20年代後半の福島県郡山市。三人の仲良し腕白小僧が小学校から中学校に上がる頃から始まり、その卒業で幕を閉じる3年間の 物語である。この時代の、貧しさが常に身近だった《戦後》を背景として、まだ自然が野放図にある地方都市での、少年三人の友情、腕白行状記の前半がキビキビとして楽しい。だが、それ以上に、少年それぞれの、特に主人公、靖の淡い恋を描く後半が素晴らしい。

「灰白色のオーバーを着て同色の帽子をかむり、赤い毛糸の手袋をした怜子が、スキップをしそこね、雪の路上に肩から落ちた姿を、やがて、おれは忘れてしまうのだろうか。耳の底に今も明確に残っている、ここのお店の方ですか、という甲高く美しい東京弁を、思い出さなくなるときがくるのだろうか。鳥取りや魚取りの方法が一、二年間に大きくかわるように、読書の内容がしらずしらずのうちにかわるように、怜子への思いも、いつかは変化してしまうのだろうか。」
本書p.225

 菅生浩(すごうひろし) 巣立つ日まで(創作ブックス⑪)
 ポプラ社 1974刊(昭和49年)刊行 絶版(図書館にあると思います。)

〔補記〕 三島ファンや黒井千次ファンには顰蹙ものだろうが、私の中では、戦後を代表する傑出した青春小説は以下の如し。
中学時代 → 菅生浩 『巣立つ日まで』
高校時代 → 黒井千次 『春の道標』
青年と娘  → 三島由紀夫 『潮騒』

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コメント

銀河旋風児さん、どうも。

私にとって、この『巣立つ日まで』は、黒井千次『春の道標』とならぶ、青春小説です。いまでも時折、心が渇いてしまうように感じたとき、サッと読み返します。

そうすると、かつて自分にもあった、喜びとない交ぜになった心のおののきや、心地よい胸の痛みが甦ります。

朴念仁の私をそうさせてくれる文学というものの不思議を思います。

投稿: renqing | 2010年8月 1日 (日) 02時04分

巣立つ日までを検索してきました。
今江祥智さんがすごく推奨していて、ウィキで調べたらポプラ社から出ていたんですね。てっきり理論社から出た本だと思っていました。
ベストセラーにはならなかったけど、心に残る物語がたくさんありました。「巣立つ日まで」もその一つだったのだと思います。この本に出会えてうれしかったことがよみがえりました。

投稿: 銀河旋風児 | 2010年7月31日 (土) 23時13分

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