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2005年10月 7日 (金)

《民主》→“民ガ主”か“民ノ主”か

《民主》なる漢語を巡って、『広辞苑』編纂者の新村出が興味深い指摘をしている。

《 democracy 》の訳語として、《民主》が当てられ始めたのは、明治7年の頃。この訳語の意味は、“民ガ主”である。

しかし、《民主》なる熟語を中国古典に徴すると、既に『尚書』にみえるという。ところが、この場合の《民主》は、“民ノ主”で、民が属格( possesive, genitive )であって、《 democracy 》の訳語としての《民主》で、“民ガ主”、つまり民が主格( subjective )の用いられ方とはまったく逆になっている。

近代日本における訳語としての《民主》が、「民が主」に対して、中国古典における《民主》が、「民の主=君主」と、意味がまったく逆になっている、というわけである。

しかし、と新村はもう一ひねりする。中国古典における《民主》は確かに君主のことであるが、そこには民が主を選び定めるという文脈があり、民選的思想の現れだというのだ。

この項、さらに別途、書く予定。

参照
 新村出 著 『語源をさぐる』 旺文社文庫 1981年
  上記、記事は、本書 p.200-202、を読まれたし。

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