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2005年11月 8日 (火)

《憲法》を基礎付けるもの(2)

 ここに一人の法学者の言を引こう。

《・・・実定法が自然法の制約の下にある以上、実定法が自然法と離れ、立法者が自然法に反するような規定を設定することができないことになる。

もし自然法に違反する実定法があるとすれば(例えば殺人または盗を命ずる法など)、それは形式上は法の外観を備えても、これは法ではないものといわなければならない。明瞭に自然法に反しないでも、その精神においてこれに反する実定法が存在すれば、われわれに内在する自然的法感情はこれにたいし反発せざるを得ない。・・・。実定法改廃の機運は、自然的法原理の軌道から離脱した実定法をその軌道に復帰させる要求に外ならない。革命・改革において往々自然的法原理が援用されるのは(例えば北米合衆国憲法やフランス大革命における自然法的人権宣言・日本国憲法その他この原理に即する諸国家の憲法など)この理由によるのである。》注1)

《新憲法の民主主義の原理は普遍人類的のもの即ち自然法であることは、その前文が宣明しているごとくである。とくに基本的人権は侵すことのできない永久の権利として現在および将来の国民に与えられている(憲法11条)。それは国家の創造にかかわるものではなく、国家以前に存し、国家はそれを確認するに過ぎない。この故に国家的立法はこれを廃止したり、変更したりすることができず、憲法改正を以てもかようなことができないのである。》注2)

注1)田中耕太郎『法律学概論』学生社1958年 。p.67-68。「共謀罪」をとにもかくにも流産させたのはこの点が預かって力があったと思われる。

注2)同上、p.370。問題は日本国における1946年憲法が、我々が人類の先達から継承している基本的人権を、十全に確保できているのか、とい うことにある。もし、そこに問題点があるとするならば、憲法典も実定法である限り、引用前者の法理により、改廃しうることになる。問題点の指摘は稿を改め る。

〔補注〕下記も参照されたし。

自然法と日本の憲法学
《憲法》を基礎付けるもの(1)
H.L.A.ハート(H.L.A.Hart)の「自然法の最小限の内容」

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