人間性、この曲がった木、の出所(2)
バーリンが好きだというこの語句は、バーリン自身はこう表記していた。
Out of the crooked timber of humanity, no straight things was ever made.
バーリンは、この訳をR.G.コリングウッドから得た、とするのが常であった。このことを確認しようとした人物がいる。バーリンの当該著書の編者 Henry Hardy である。彼は、コリングウッドの公刊著作にすべて目を通し、そこに、この語句がないことを確認した。で、(ここからが凄いのであるが)コリングウッドの未公刊文書を確認しに、Oxford Bodleian Law Libraryまで行ってしまう。そこでついに、1929年付の歴史哲学の講義録を発見する。そこにはこうあった
Out of the crooked timber of human nature nothing quite straight can be made.
当時、Berlinは20歳のOxfordの学生であった。Hardy は、Berlin がこの講義に出て、上記のフレーズを記憶し、時間がたつごとに先ほどのような訳文として、Berlinの中に定着していったと見ている。
バーリンの回顧によれば、バーリンの Vico への関心は、コリングウッドからの示唆に基づくものらしいことを考え合わせると、若きバーリンに対する、コリングウッドの感化の大きさがわかる。(この稿、さらに続く予定)
2008.05.11.追記
上記のエピソードについて、出典を明記するのを失念していた。続き、の記事で書くつもりで、そのままになっていた模様。遅ればせながら、下記がそれである。
『理想の追求』、バーリン選集4、岩波書店(1992年)、「編集者の序文」、pp.xiv-xv
| 固定リンク
「西洋 (Western countries)」カテゴリの記事
- 対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案(昭和十六年十一月十五日/大本営政府連絡会議決定)/Japan's Plan to Promote the End of the War against the U.S., Britain, the Netherlands, and Chiang Kai-shek 〔November 15, 1941〕(2024.06.02)
- LILIUM: ラテン語によるアニソン/ LILIUM: The anime song written in Latin (2)(2023.11.28)
- 自由と尊厳を持つのは、よく笑い、よく泣く者のことである(2)/ Freiheit und Würde haben diejenigen, die oft lachen und oft weinen (2)(2023.06.06)
- 自由と尊厳を持つのは、よく笑い、よく泣く者のことである(1)/ To have freedom and dignity is to be one who laughs often and cries often (1)(2023.06.05)
「書評・紹介(book review)」カテゴリの記事
- 「自尊感情 self-esteem」の源泉(2024.09.08)
- T.S.エリオットによる、ウォーコップ『合理性への逸脱:ものの考え方』1948、への紹介文(2024.08.29)
- マイケル・オークショットの書評(1949年)、O.S.ウォーコップ『合理性への逸脱』1948年(2024.08.28)
- Introduction by T.S. Eliot to O.S. Wauchope (1948)(2024.08.27)
- Michael Oakeshott's Review(1949), O.S.Wauchope, Deviation into Sense, 1948(2024.08.17)
「思想史(history of ideas)」カテゴリの記事
- Michael Oakeshott's Review(1949), O.S.Wauchope, Deviation into Sense, 1948(2024.08.17)
- Seki Hirono, Unearthing the Forgotten History of Ideas, 1985(2024.07.14)
- 関 曠野「忘れられた思想史の発掘」1985年11月(2024.07.13)
- Otto Brunner, Land und Herrschaft : Grundfragen der territorialen Verfassungsgeschichte Österreichs im Mittelalter, 1939(2024.06.08)
- Kimura Bin, "Il sé come confine", 1997(2023.12.31)
「言葉/言語 (words / languages)」カテゴリの記事
- Words, apophatikē theologia, and “Evolution”(2024.08.26)
- 変わることと変えること/ To change and to change(2024.02.16)
- 「ノスタルジア」の起源(2023.05.08)
- Origins of 'nostalgia'.(2023.05.08)
- 夜の言葉(アーシュラ・K・ル=グイン)(2022.04.22)
「Berlin, Isaiah」カテゴリの記事
- ロシア人における20世紀とはなにか?/ What is the 20th century for Russians?(2022.03.18)
- イザイア・バーリン(Izaiah Berlin)の歴史哲学と私の立場/ Izaiah Berlin's Philosophy of History and My Position(2020.04.13)
- 歴史の必然 Historical Inevitability (2)(2020.03.25)
- 私の知的リソース・ダイアグラム/ My intellectual resource diagram(2021.01.22)
- 「個人の自由とデモクラシーによる統治とのあいだにはなにも必然的な連関があるわけではない」(2015.07.21)
「Kant, Immanuel」カテゴリの記事
- It is difficult to imagine that anyone would be able to improve on this volume in the foreseeable future.(2024.02.20)
- 徳川思想史と「心」を巡る幾つかの備忘録(3)/Some Remarks on the History of Tokugawa Thought and the "mind"(kokoro「こころ」)(2023.06.11)
- 徳川日本のニュートニアン/ a Newtonian in Tokugawa Japan(2023.05.18)
- Wataru Kuroda's "Epistemology"(2023.05.01)
- 黒田亘の「認識論」(2023.04.30)
コメント