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2005年12月30日 (金)

「人間社会の自然論」Naturlehre der menschlichen Gesellschaft(改訂2006/2/12)

 この話題は、社会学史上のペダンティックな論点に収まらない、意外に深刻な意義を有している。

 キリスト教ヨーロッパでは、伝統的に、“人間は善悪を選び得る道徳的存在である”と考えられていた。その人間観が、人間を対象化し、“経験論的 で、自然科学的認識でこそ把握可能な《もの》”とみなす、現代人の「科学的」人間観へ、初期近代から徐々に置き換わってきた。それを思想史として、近代自 然法思想(グロチウスetc.)からアンチ自然法(ヒュームに代表される)思想への変貌として的確に描いてみせたのが、このゾンバルトの、「人間社会の自 然論」‘Naturlehre der menschlichen Gesellschaft’だからである。

*参照
新明正道 『社会学史概説』 岩波全書(No.193) 1954、
中の
  4.経験的社会論の成果  pp.39 - 48

※少々、再改訂( 2006/02/12)。読み直したら、引用なのか、私の記述なのか不明だったので。 記事内容は私の記述で、文献は参照してほしい、とうことです。

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