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2005年12月10日 (土)

芝木好子『湯葉』、自伝三部作

 私としては珍しいことに小説を読んだ。そして、芝木好子をネット上で追って、以下の文章にめぐり合った。

 《長い作家生活のなかには幾度となく行詰りがあって、まわりを壁でふさがれたような八方ふさがりにあうことがある。・・・。『湯葉』三部作もその一つで、血縁に立ちかえって自身をみつめてみようと考えたのであった。小説としてのフィクションはあるが、ここには肉親がさまざまに生きることになった。》
小説の周辺『湯葉』

 この文章から即座に思い出したのは、キャサリン・マンスフィールドが‘At the Bay’を書き上げた直後に知人向けに認(したた)めた書簡のこの一節である。

 《私は書きつつ感じるのです。『あなたがたは死んではいない、愛する人たちよ。すべては記憶されています。私はあなたが たに従うのみです。私を通してあなたがたをその豊かさと美のうちによみがえさせるために、自分というものを無にするのです。』すると、物につかれたような 気がしてきます。》
阿部昭『短編小説礼讃』(1986) 、p.164、マンスフィールドの書簡から

 阿部はこの引用の後に、「マンスフィールドを読みながらつくづく考えさせられるのは、物を書く力というのは思い出す力だということである。」(p.165)と記している。けだし名言というべきだろう。

以下、湯葉;隅田川;丸の内八号館 (講談社文庫) 、から印象深い文を抜いてみた。

「よかれと信じたことが、なぜこう喰い違うのか、蕗はどこで間違ったか解らなかった。まっとうに歩いたはずの道が、いつか曲ってそれてゆくのであった。」
『湯葉』(1961)

「ある日を境にして、古い記憶が色褪せてゆくとすれば、それは新しい出来事が鮮明でありすぎるからだ。」
『隅田川』(1961)

『丸の内八号館』(1964)には、実はあまり印象に残った文はない。ただ、昭和14年という時点で、丸の内のOLが駿河台のYWCA地下の温水プールで一泳ぎする、という風俗を知って、妙に感心したのが印象に残る。

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