論理と因果(4・結語)
一つの例を出して、このシリーズを終わろう。
健康ブーム(ある意味、病的か?)のおかげで、日本伝来の食文化、食材が見直されている。その中にワカメやコンブなど海藻類があるのをご存知であろう。
で、そのヌルヌル状物質が考察の対象である。このヌルヌルが体に良いらしいとテレビ等で評判なわけだ。このヌルヌルの正体は、アルギン酸、フコイダン、という名の、水溶性食物繊維=粘質多糖類、ということらしい。
多糖類というのは単糖(代表的なのはブドウ糖)が重合して生ずる高分子物質で,生物界に広く分布している。その機能は主としてエネルギーの貯蔵と形態構築の二つである。後者は、細胞壁などの強い構造を形成するものと,ゲル状のため粘質物と言われるものに分類される。高等植物の細胞壁はセルロース(多糖の一種)を主体としている。エビ,カニ,昆虫の殻をなすキチンも多糖類である。無論、海藻のヌルヌルは形態構築用のゲル状物質である。食物繊維なので整腸作用におおいに貢献する。*
問題は、海藻のヌルヌル物質が何のためにあるのか、あまり確定的なことは分かっていない、ということだ。二つの有力な説に分かれているらしい。一つは海藻の表面に付着する微生物から体表面を守る作用。他の一つは、海中での潮の流れ等による水の抵抗を減らす作用。この二つである。
それぞれ、体表面防御→ヌルヌル、水抵抗減少→ヌルヌルで、二つとも説明の論理としてはもっともらしい。また、生物の器官は多機能だから、お互いに排除的でなく、両方の機能を兼ね備えている可能性もある。それとも、もっと重要な機能が隠されているのかもしれない。
我々は、ヌルヌル(結果)から出発して、対表面防御(原因)か、水抵抗減少(原因)までたどり着いている。このように、一つの結果(海藻のヌルヌル)を理解するのに、複数の理由を推定しうる。疫学的な研究ではなおいっそう、こういった因子の複数性が考えられる。
このような場合、実験や観測によって得た大量の因子データを、目的の現象に関連付けるため、回帰分析などの手法をとる場合がある。手法としては、統計学の手法を使うので数学を利用するが、その際、利用者の保持しているなんらかのheuristic(発見法)にかなり依存せざるを得ない。そもそも多数の因子のうち何を原因として特定するかは、自動的に決められるものではないからである。ただ、いずれにせよ、因果関係を特定できて初めて「理解した」と感じるのが人間なので、そこまでは突き進み、複数の原因が特定できたら、後は論者の説得力で決まるものだろう。
* この部分、最新版平凡社世界大百科事典「多糖」の項(村松 喬執筆)による。
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