« ホッブズと自然法 | トップページ | 隣人の権利は、“あなた”の権利そのものだ »

2006年3月15日 (水)

希望

「明日の考察! これじつに我々が今日においてなすべき唯一である、そうしてまたすべてである。」

石川啄木
時代閉塞の現状 1910(明治43)年
(強権、純粋自然主義の最後および明日の考察) より。

 どれほど怪しげであっても、「希望」や「未来」がないよりましだ。小泉・藤原的気分は、このような、人々のある種の切実さから出ているものなのかも知れない。だとするなら、「希望」、「明日」を語れない限り、この人々を振り向かせることは不可能なのだろう。

|

« ホッブズと自然法 | トップページ | 隣人の権利は、“あなた”の権利そのものだ »

文学」カテゴリの記事

明治」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104369/9082059

この記事へのトラックバック一覧です: 希望:

« ホッブズと自然法 | トップページ | 隣人の権利は、“あなた”の権利そのものだ »