立憲主義と宗教改革(2)
前回の続きです。
1)立憲主義と「公-私の分離」について
長谷部恭男氏(東大の憲法学教授)はこのように考えているようです。多くの人間が暮らすこの社会で、人はそれぞれ異なる多様な価値観を持って生きている可能性が高い(価値の多元性)。で、場合によっては、これらの価値観は、互いに最終的に比較不能で、調和し得ないかもしれない(比較不能な価値観の対立、「神々の闘争」)。それだとしても、社会生活の便益とコストを公正に分かち合ってお互いに協働して生きるためには、基本的枠組みを定める理念が必要だ。それが、自分が一番大切だと思う価値観、自分の人生に意味を与えてくれる価値観を、みんなのことを議論し、決定する場には持ち込まないという、生活領域を公と私とに人為的に区分することなのだ、と。
この考え方は、J.ロック(1632-1704)の寛容論を下敷きにしています。これを通説的に述べれば、為政者の権限は、政治社会に住む人々の幸福と自由の保護にあり、思弁的な意見や礼拝については、人々は寛容な取り扱いを要求をする普遍的権利をもつということ。つまり、国家は人間の魂の救済まで入りえないという立場から、国家と宗教(教会)の分離を唱えた、となります。
しかし、この如上のロック解釈は、関曠野氏のロック解釈とかなり異なります。ロックの言う「信仰・良心の自由」とは、元来プロテスタンティズムに遠因するものです。
それは、権力に干渉されることなく自らが真実とみなした信仰によってのみ生きる権利のことでした。すべての人間には聖書から生きる掟を自ら引き出す知的能力が備わっていて(万人祭司説)、それゆえに聖書以外の現世の権威に無自覚に服従することは自由なるキリスト者の義務に反することになります。一方で、西洋では教会と国家の権威は聖書によって正当化されていましたから、この主張は天与の秩序とされていた伝統的政治秩序を根底から揺るがすことにならざるを得ません。これ以後、個々人が自ら聖書の掟と信ずるものに従って承認した権威だけが正当な権威となりました。権威は伝統として受容されるのではなく、諸個人の知性によって創造されるわけです。つまり、「信仰と良心の自由」、の「自由の原則」が表明しているのは、一つの信念、すなわち政治的権威は諸個人の協力によって自由に創造されるという信念に等しくなります。しかもこの自由は、アナーキーな主観的自由ではありません。信仰の自由は、キリスト者が聖書の掟に従って生きるという義務を果たすために必要とされる自由だからです。
従って、関曠野氏の描くロック自然権論もこうです。自然権とは本質的に、自由に政治的な決断と選択を行う権利である。人間は各自の善悪の判断に基づいてこの権利を行使する。それゆえに自然権論が説く意味での自由とは、人間は善悪を自主的に判断する能力を等しくそなえていると主張することになるわけです。
以上のプロテスタンティズム及び、J.ロックの関廣野氏的理解からすると、長谷部氏などが言う立憲主義を基本的に構成する「公-私の分離」というのはちと腑に落ちない。価値多元論はよいとしても、それが直線的に「万人の万人に対する闘争」を帰結するというのはおかしい。なぜなら、立憲主義の根本にある「法の支配」の考え方からすれば、社会の進歩は、異なる多様な意見の、自由で公正な討論によるから、それを妨げる者に対しては、力による制裁も辞さないし、またこうした力の行使だけを正当と認める、ものだからです。
2)6/12に、以下のような古井戸さんからの質問を戴きました。それについて、簡単にお答えしたいと思います。
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>> 近代立憲主義の起源の一つとしてユダヤ教の重視する文脈は..
「近代」立憲主義なのか「立憲主義」なのかで、回答は全く異なるのではないでしょうか。立憲主義とは、述べられている如く成文化さらた書き物としての規則にかぎらず、慣習法ひろげれば該当地域内で共有された思想信条もはいるでしょう。すなわち宗教との境目はなくなります。現実的に、国家(世俗)と宗教世界は分離されていますが、中性に置いては特に西洋では農民の収入の1/10を教会組織が徴収している。これはひとつの国家です。日本でも寺社は制度として信者から(現在でも)寄付を求めておりそれに違反すれば寺社のサービスは得られません。
旧約聖書に起源を求められているが、仏教であっても他の宗教であっても、宗教と呼べるものが出てくる以前に(アダムとイブ以前)、世界各地の土俗宗教は共同体統治(権力)と区別できないカタチでひとつの 憲法(規)を持っていたはずです(動物との区別)。現在でも、政治的な意味で言う憲法以外に、信仰の自由が保障されている(近代国家では)各種宗教の教え(定め)は書かれた憲法の前提になって人間の好意をしばっていると思います。したがって、constitutionには宗教も含めるべき、ということになります。
ついでですが、政治学者高坂は、constitutionは憲法というより「この国のかたち」(司馬遼太郎)と訳した方がよい、といっていたそうです。
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古井戸さんがご指摘されるように、元来、constitution、には、新英和中辞典 第6版 (研究社)によれば、
1 構成,組織,構造 〔of〕.
2 a 体質,体格.
b 気質,性質.
3 憲法 《★【解説】 国家の基本的条件を定めた根本法》.
4 政体,国体.
5 制定(すること); 設立(すること), 設置.
という意味が含意され、これを「国のかたち」としてもよいと思われます。
The Pocket Oxford Dictionary によっても、
act or method of constituting, composition; form in which State is organized; body of fundamental principles by which a State or body is governed; condition of person's body as regards health, strength, etc.
とあり、語源的にも、ラテン語の、constitutio(整理、性質・状態、確立、定義、勅法)と多義的です。ま、古井戸さんにこんな説明は釈迦に説法ですが・・・。
ただ、用語として、constitutionalism 立憲主義、といえば、前近代でも、近代以降でも、本質部分は、「法の支配」、「治者の恣意に依らない、依法的統治」のことを指す、のが、政治思想史や法思想史では常識です。ですから、私もこの意味でのみ「立憲主義」を使用しています。ちなみに、西洋中世のカトリック世界で、教皇至上権に対して、公会議(司教、枢機卿たち合議)首位を主張する運動は、一種の立憲主義運動とも見なし得ることを付け加えておきましょう。
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