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2006年9月 5日 (火)

少女Ⅱ

ヘンリーは、そのちょっとした動作も心にとめて、彼女を見つづけました。彼女は、窓にぴったりよりそって、腰をかけていました。彼女の頬と肩は、房々とカーヴした金盞花(きんせんか)のような色と髪で、なかば、かくれていました。灰色の木綿の手袋をはめた片手は、その上にE・Hと頭文字のある革のバッグを膝の上にさささえていました。片手は、窓のつり皮に通していましたが、その手首に、銀の飾り環がはまっていて、それにスイスの牛につける鈴と、銀の靴と、魚がついていました。彼女は、緑色の上衣(うわぎ)を着て、花環の飾りをまいた帽子をかぶっていました。これらの様子を見ている間、ヘンリーの頭には、新しい詩の題「子供らしいが、とても自然な」-というのが、こびりついて離れませんでした。「ロンドンのどこかの学校に通っているのだろう。」とヘンリーは考えました。「オフィスで働いているのかもしれない。いや、それにしては年が若すぎる。それに、もしそうだったら、髪を上げているにちがいない。肩のあるところまであることはない。」彼は、その美しいカーブしている髪から目をそらすことができませんでした。「『わが眼は酔いしれたる二匹の蜂のごとし、・・・・』さあ、こんな文句を見たことがあったかな、それともこちらの創作かな?」
マンスフィールド短篇集、幸福・園遊会、他十七篇、崎山正毅・伊沢龍雄訳、岩波文庫1989年(赤 256-1) 、p.60-61、「子供らしいが、とても自然な」より
原題 Something Childish but very Natural (1913)
この原題は、コールリッジ(Samuel Taylor Coleridge)の同名の詩にちなむ。

参照

マンスフィールド短編集(新潮文庫1979)

キャサリン・マンスフィールド「パーカーおばあさんの人生」

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