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2006年9月 8日 (金)

少女Ⅲ

 おれに軽くおじぎをした少女が、帽子をかぶってスキップをしながら去ろうとしたとたん、踏みかためられた雪に大きく足をすべらせ、悲鳴をあげて肩から路上へ落ちた。雪の路上へうつ伏せになって倒れたまま動かない少女を、おれはそっと抱きおこした。そのとき、少女から、京子とはちがういい匂いがした。体をゆすっても、少女はおれの腕の中で目を閉じたままだった。おれはあわてて、少女の頬を平手でぴたぴたとたたいた。すると、少女はその大きな目をぱっちりひらき、くすりと笑って舌をだした。
 「このやろう、何で気絶のまねなんかしたんだ?」
 おれは少女を雪の上に乱暴においた。
 「恥ずかしかったからよ。」
 少女は明るい声でいって立ちあがり、オーバーについた雪を払い落とした。
 「何で恥ずかしい?」
 「私、これできょう四度目なの。」
 「痛くなかったか?」
 「膝が少しね・・・・じゃあ、さよなら。」
 少女は美しい頬笑みをみせると、またスキップしながら、雪の降る夜道のかなたへ消えた。

 おれはしばらくの間、少女が去った路上を茫然とみつめ続けた。おれを雪の降る路上に立ちすくませたのは、少女の美しさだけではなかった。その大胆 さと明るさが、おれに新鮮な驚きを与えたのだ。おれはそれから正彦の家に行くのをやめ、少女が戻ってくるのを期待して店の前で雪かきをはじめたが、降雪が ますます激しくなった夜道に、少女はふたたび現れなかった。少女の父親の水沼が店からでてくるまで雪かきを続けていたおれに、今夜もたんと積もんだから無 駄なことはやめろ、と祖母はふしぎそうな顔をしていった。
菅生 浩 『巣立つ日まで』 ポプラ社 昭和49年(1974)、より

参照: 菅生浩『巣立つ日まで』ポプラ社(1974)

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