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2006年12月14日 (木)

天皇家の菩提寺

 京都市東山区に、泉涌寺(せんにゆうじ)がある。この寺、つい140年前、幕末の孝明天皇*まで、れっきとした禁裏様のお家の菩提寺だった。

 ん?、偉大なる神の国、日本国の、国家の柱石たる神道の親玉であるはずの禁裏様のお家に、なんで、菩提寺があるのか。いやいや、もともと禁裏様のお家が深く仏教に帰依していたことが先なんであって、なんかわけの分からない神主さんにでっち上げられたのが、その140年前の明治クーデタの歴史演出なわけだ。

 だいたい、最後に葬られた孝明天皇(1866年急死、明治クーデタのほぼ1年前)は、当時から毒殺説が巷間ささやかれていた。で、その主治医の日記から、「孝明天皇の毒殺は、すでに医学的に決着済みの事実である。」とまで言われている。そこでの下手人の推定は、岩倉具視の実妹、女官堀可紀子。ちなみに、手許にある『岩波日本史辞典』(1999年)では、病死、毒殺両論併記。また、『平凡社世界大百科事典』(1998年)では、毒殺説を支持している。これが史実として確定できるなら、《大日本帝国=明治constitution》は史上最高の、‘con game’(=お人よしにつけこむ信用[取り込み]詐欺)というべきだろう。日本人よ、「目をォ、覚ませェ」。**

 泉涌寺に関して、さらに詳しく知りたい方は以下のサイトに行かれたい。

1)泉涌寺

2)泉涌寺 御寺 京都通百科事典

3)御寺泉涌寺

*この忌まわしい「天皇」なる呼称も、明治の権力亡者どものからくり=捏造の一環である。これについては、禁裏様と呼べ!、をご参照戴きたい。

**どうしても、明治クーデタを「革命」と呼びたいなら、同意できるかもしれない事が1点だけある。それが、ピューリタン革命や、フランス革命と同じ、「王殺し」だ。謀殺なので、余計気が滅入るが。

〔参照〕
天皇の菩提寺(2)

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コメント

takeyanさん、どうも。こちらこそ、ご無沙汰です。
 近いうちに、廃仏毀釈に関する記事を書こうかと、おもっております。この恐るべき所業が、どれほど近代日本人の倫理観の根底を破壊したか。思うだに、涙が出ます。信仰やそれに根を持つ倫理観、道義観は、権力で破壊することは可能ですが、作り上げることは不可能なのです。イデオロギー暴露を使えば、「信じさせない」ことは容易ですが、他のものを力で「信じさせる」ことは不可能なのですね。
 こんなこと、誰かを「嫌いにさせる」ことはできても、「好きにさせる」ことが容易でないことを考えれば、誰でもわかることです。
 ということでご期待ください。

投稿: renqing | 2007年1月18日 (木) 13時11分

ご無沙汰いたしております。
最近、明治政府の胡散臭さとか明治の元勲が売国ペテン師の集団だとか、坂本◎馬はスパイだとか、そういうことをおおっぴらに語れるようになり、嬉しく思います。
明治維新の回天の業とは、薩長からの見方であって、歴史的には英米の威を借りたクーデーターに過ぎない、これが史実でしょうね。
明治維新並みの大転換を、という発言を見るたびに、おいおい、また国を売るのか、と笑ってしまいます。それにふさわしいキャラも豊富ですね。

投稿: takeyan | 2007年1月16日 (火) 13時49分

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