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2007年3月31日 (土)

鎌倉紀行(2)-掃苔録篇-

 鎌倉は山と海でできている。頼朝が己の根城としたのも頷ける天然の要害だ。その堅く引き締まった一帯の合間を縫って、うねうねと鎌倉街道が走る。

 東慶寺への入り口は、その鎌倉街道に向けて、ひっそりと佇んでいた。近所の円覚寺や建長寺のように大伽藍があるわけでもなく、至って質素で見過ごしやすい。

 入り口から斜面を登り、2、3分歩くと、山門がある。他山の例に漏れず、100円の入山料を取られ、ぼちぼちと歩いていく。案内も請わずに緩やかな山肌の階段を一歩ずつ進んでいくとその奥まったところが墓所だ。

 まず、最初に探したのが、和辻哲郎のお墓。和辻のものなどほとんど読んでないに等しいが、結構好きな訳だ。実際に見ると、ゆったりとした敷地に「和辻家之墓」とある。彼岸の時分なのだが、人気(ひとけ)がない。これから来るのだろうか。

 仏教学者の中村元は「和辻先生は日本の Max Weber だ。」と書いていたが、それを得心するにはまだまだ時間がかかりそう。

 次に探したのは、西田幾多郎。こちらもあまり彼岸の雰囲気が見えない。ただ、西田幾多郎は、金沢、京都、にも分骨しているはずだから、縁者はそちらに行くのか。西田の著作には、何か大事なことを書いているようには思うのだが、初めの数頁を読んだあたりで頓挫している。ま、気長にいこう。

 それから、鈴木大拙を探す。こちらは人の手が入っていた。私自身、一冊も読んだことがないので、完全なるミーハー的興味。土門拳の写真集のキャプションに、自宅では家族と英語でしか話さない、とか書いてあったのが引っかかり、あまり読む気になれないままだ。

続く。次は、小林秀雄。

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 昭和20年(敗戦の年)、高見順『敗戦日記』より。 二月二日 戸を開けると雪景色 [続きを読む]

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