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2007年5月 1日 (火)

マックス・ヴェーバー『職業としての政治』(1919)(3)

 遅ればせの追記。実は、(2)に註として書き込もうと途中までいったのだが、なんか長くなってしまったので、別記事とした次第。 

(2)の文中で、脇訳をお借りした際、訳文中のカタカナ表記してあったものは、原文のドイツ語に私が勝手に復した。私が翻訳を読んだとき、原文のドイツ語のニュアンスを知りたいと思ったためである。ドイツ語がわからなくても、独和辞典を引くことは難事ではない。面倒だが、このウェーバーという学者のものを読むときは、機会があるならそれくらいの手間はかけたいものだ。ヤスパース(Jaspers, Karl Theodor)の言によれば、この大学者は、新たな考察対象に向かうとき、それにどう名まえをつけるかを常に考えたという。彼が概念構成するとき、その名称が決定的に重要だ、というエピソードである。彼が概念語として何の変哲のない名辞を使用する場合でも、そこには当該のコンテンツに見合うほどの意図が込められていると承知しておくべきだろう。ここらへんは大塚久雄*の書から教えられた。

 例えば、「選択的親和関係 Wahlverwandtschaften」**なる概念の命名が、化学用語や、ゲーテの『親和力』(1809)(Die Wahlverwandtschaften)、から採られているのではないか、という読解は、大塚の慧眼だと思う(それとも、Weber業界の常識 か?)。大袈裟だが、世代を超えた学恩を感じる。

*現在では毀誉褒貶もあるが、確かに大塚久雄も大学者といってよいのだろう。大塚久雄にまつわる興味深いエピソードについては、かわうそ亭氏の大塚久雄と中野正剛大塚久雄と中野正剛(承前)を、コメント欄も含めてご参照いただきたい。

**この概念は、社会科学方法論として極めて重要なものだ。私の修論も実はこれがキー概念になっている。この修論の内容については、おいおいこのブログでも埃を払って、お蔵から少しずつひっぱりだすつもりだ。乞うご期待。

〔注〕本シリーズ、(1)(2)、も参照。

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コメント

かぐら川さん、どういたしまして。

 そうなんですか。へぇー、っていう感じですね。大塚久雄の誕生日とは奇遇。

 それにしても、大塚久雄、宮本常一、井上靖は、私からしても、「おじいちゃん」ですが、中原中也は、若造(あの帽子をかぶった)のイメージですね。不思議な感じがします。

投稿: renqing | 2007年5月 4日 (金) 03時43分

コメント有り難うございました。

今日(5/3)は、大塚久雄氏の生誕100年の日にあたります。

*大塚久雄  1907.05.03--1996.07.09

中原中也、宮本常一、井上靖こういった人が、同じ年の生まれだとはなかなか実感できませんが・・・。

投稿: かぐら川 | 2007年5月 3日 (木) 21時48分

かぐら川さん、コメントありがとうございます。

 それぞれの本領は、マルクスは思想家、ウェーバーは学者、なのだと思います。ともに、「大」がつきますが。

 中国思想の文脈で例えれば、マルクスは「気」の人、ウェーバーは「理」の人、っていう感じです。

投稿: renqing | 2007年5月 2日 (水) 02時25分

大学時代、友人(といっても今ではまったく音信不通の、私とは比べ物にならないくらい優秀な)と、少しずつ原書で読んだことを思い出しました。(「学問」の方も、別の友人と原書で読みましたが。)

ウェーバーの用語については、――これも少ないながらマルクスとの言語での格闘?を前提にしての話ですが――、私の“感想”は少し違うのですがそれをきっちりと説明するには、現在の自分が思想史の世界からあまりにも遠くにいることを感じます。

一言でいえば、マルクスが一つの言葉を取り上げると、それが深く歴史につきささっているものを根こそぎ掴み切ってしまうような哲学的な意味をもって迫ってくるのに対し、ウェーバーは巨細もらさぬ知の関係性の網のような広がりを投げ返して「知」の生における意味の問い直しをしかけてくることがある・・・そんな風に、感じたことがあります(かなり過去形の話ですが)。
以上、断るまでもないことですが、いい加減な書き込みです。

投稿: かぐら川 | 2007年5月 2日 (水) 01時42分

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