「維新神話」とマルクス主義史学(3.1、若干増訂)
人間の「物質的生活の生産様式が、社会的・政治的・精神的な生活過程のあり方全体を制約している」(城塚登「唯物史観」、岩波哲学・思想事典(1998))。
これが「唯物史観」ならば、究極的に歴史の動因は人間の自由な意思決定とそれに基づく行動選択とはならず、それ以外の何者かに突き動かされて人間たちは蠢き結果的に歴史を作っていくことになる。
このような意志の自由が効かない歴史決定論は、未来、および過去の見方に対してどのような帰結をもたらすか。
1)未来
既に未来への道筋が決まっているのであるから、(もしあるとすれば)その法則を知ることができれば、未来予測が可能となり、より効果的に今を生きることができるであろう。
2)過去
過去は必然的に選ばれた事象であり、動かしがたいものとなる。つまり、過去の道程は唯一のものであらざるを得ない。なぜなら、それ以外の可能性がもしあったなら、その局面では複数の選択肢があったことになり、その時点での未来(今からすれば過去ではあるが)を人間の意志で選択できたことになる。つまり、歴史はその時点で決まっていなかったことになるからだ。
マルクス主義史学者が、どれほど絶対主義革命(ないしブルジョア革命)としての明治維新が個人的には嫌いであっても、それを歴史研究の対象とする場合には、それが必然的におきた理由をひたすら「実証的」に調べ上げることとなり、「封建的」であった前政権の徳川氏がどうダメだったかを論証するほかなくなる。
これがマルクス主義史学が「明治維新」を究極的には肯定せざるを得ない「必然性」である。
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