徳富蘆花「謀叛論」、その後日談(5/27情報追加)
明治44年2月1日(水)、東京本郷、第一高等学校、第一大教場で、徳富蘆花の「謀叛論」*大弁舌が行われた。
その日から5日後の2月6日(月)、今度はそれを駁撃する「大逆事件講演会」が、千名をこえる聴衆を集め、国学院大講堂で行われた。弁士の、南条文雄、井上哲次郎、花田仲之助、渋沢栄一、の面々は、社会主義を攻撃し、忠君愛国を強調した。
しかし、弁士の一人、三宅雪嶺のみ、「善後策」と題して幸徳秋水を擁護、暗黒裁判を非難した。すると興奮した代議士、荒川五郎が雪嶺に食ってかかるが、聴衆は、「御用党」、「馬鹿」、「討論会じゃない」などと罵声を荒川に浴びせかけ、雪嶺が退場するのを見送って、一斉に、「三宅博士万歳」を叫んだ。ここから、
・・・、国学院に集るような保守的な聴衆の間にさえ、権力への反感と秋水への同情の存在していたことがわかるのである。
神埼清「徳富蘆花と大逆事件 -愛子夫人の日記より- 」
現代日本文学大系9「徳富蘆花・木下尚江集」筑摩書房(1971年)、p.421
さて、弁士の一人、南条文雄**とは何ものであるか。詳しくは、下記 wikipedia に譲る。ただ、有体にいえば、明治仏教界を代表する学僧(真宗大谷派)、それも Oxford でサンスクリット学を修め、梵語テキスト校訂等でヨーロッパでもその名を知られた碩学である。何しろ、1889年には文部省より日本第1号の文学博士を授与されている。
何でそんな畑違いの洋行インテリ僧が出てくるかと言えば、死刑判決された中に真宗大谷派の僧侶が入っているからである。殺生戒を持つ仏教者が、でっちあげ死刑判決***を非難断罪もせず、あろうことか自宗派僧を擁護してくれた文学者に批判の言を浴びせるのだ。
さて、宮沢賢治「烏の北斗七星」との違いは、いかに理解すべきだろうか。
〔註〕
*蘆花のテキストは下記を参照。なお、この講演を依頼しに蘆花宅まで足を運んだ一高弁論部員2名は、鈴木憲三、および、後の社会党「十字架」委員長、人格者で有名な、河上丈太郎、である。
徳冨蘆花「謀叛論」(草稿)
**南条文雄(1849年 - 1927年)については下記を参照。
南条文雄(なんじょう ぶんゆう)
***この事件の捜査指揮の最高責任者が、大審院検事兼司法省民刑事局長、平沼騏一郎(元首相、A級戦犯)である。元経済産業大臣で衆議院議員の平沼赳夫は、平沼騏一郎の兄である経済史学者で早稲田大学学長を務めた平沼淑郎の曾孫にあたる。
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