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2007年6月25日 (月)

物理法則に物理量は存在するか(3.1)

F.Nakajima 様、コメントありがとうございます。

 

 さて、コメント戴いた内容ですが、重要な論点がいくつかありますので、順を追って、当方の頭の整理も兼ねて、コメント欄ではなく、記事として書いてみます。

 

1)wikipedia の「科学的実在論」をご紹介戴きありがとうございます。とても分かりやすく、こちらの考えを整理するのに役立ちました。

 戸田山和久氏の整理による、"独立性テーゼ"(「わたしたち人間の認識活動とは独立して、世界の存在や秩序があるはずだ」という主張)、"知識
テーゼ"(「世界に存在するものや、それを統べる秩序について、私達は正しく知ることができるはずだ」という主張)、に沿って述べれば、私は、両テーゼと
も、“考察上の第一次接近”としては、Yes です。だとすると、私も戸田山氏の分類によれば、「科学的実在論者」になりますね。

 

 ただし、この問題は、また話しが込み入りますので、次回の(4)で書いてみます。いま、少々時間もないので。

 

2)ポアンカレは、「直観主義者」か?

 

 今回、F.Nakajimaさんのコメントで、興味深かったのは、この点です。

 

 私が、「哲学の自然化」でポアンカレを引いた際、私としては直観主義の問題をなんら含意していませんでした。私は、規約主義者 conventionalist として彼を取り上げたつもりでしたので、直観主義の文脈で彼に触れられたので正直、意外でした。

 

 で、改めて、wikipedia「数学的直観主義」を読むと、直観主義の先駆者としてポアンカレの名が挙がっています。手許の岩波哲学・思想事典
(1998)「直観主義」(佐々木力氏筆)でも、ポアンカレの名が挙がっていました。一方、平凡社世界大百科事典(1998)「直観主義」(柘植利之氏
筆)では、全く触れられていません。

 

 私が岩波文庫版(1985第32刷)で読んだ、ポアンカレ『科学と仮説』(1902)には、7箇所「直観」という言葉が出てきますが、そこから数学上の直観主義を想起したことは一度もありませんでした。

 

 上記二つに資料でのポアンカレの名と、私が読んだ印象では矛盾が発生する訳です。

 

3)数学上の「直観主義」の特徴

 

 丁寧に言えば、オランダの数学者ブラウワー、または、ブローエル(Luitzen Egbertus Jan
Brouwer)が提唱し、弟子のハイティング Arend Heyting
らによる公理化を経て直観主義論理として整備され、現在では直観主義数学ないし構成的数学、という数学の1分野として、学界で市民権を得ている考え方、です。

 

 私も素人なので深いことはわかりませんが、昔、竹内外史のものなどを読んで感銘を受けた、著しい特徴は、「排中律を認めない」という点です。

 

 つまり、ある命題Pがあり、「P or not P」、「Pは正しいか、間違っているのか、のどちらかである」、というのが排中律です。

 

 で、それを認めないとなると、「真か、偽か、いまのところ真偽を確認する手段がない」、という、真偽の中間の値がでてくることになります。

 

 この志向 or 思考が、J.S.Mill の言う、half-truth とそっくりなので、私は大喜びしたわけですが、ま、それはいいでしょう。

 

4)ポアンカレは排中律を拒否しているか?

 

 すくなくとも、私が読んだ岩波文庫版『科学と仮説』では、そんな恐ろしいことは述べていませんし、7箇所でてくる「直観」も、そういう含意はあり
ません。この言葉は、むしろ、ベルグソンの影響から来ていると思われます。小林秀雄流ベルグソンでいえば「直覚」という言葉に相当しそうです。

 

5)各国語版 wikipedia を調べた結果が以下です。

 

Intuitionism(英語)→ポアンカレに言及なし。
Intuitionismus(独語)→ポアンカレに言及なし。
intuitionnisme(仏語)→この項目存在せず。

 

Henri Poincaré(英語)→ Intuitionism に言及なし。
Henri Poincaré(独語)→ Intuitionismus に言及なし。
Henri Poincaré(仏語)→ intuitionnisme に言及あり。

 

6)仏語版 wikipedia の、Henri Poincaré 、での記述

 

 ここでようやく、明確な記述に出くわしました。概略、以下のようなことが書いてありました。ただ、日本語の読解力にはかなり自信がありますが、語学力は相当お寒いのが実態なので、間違いをご指摘戴ければ助かります。

 

「数学基礎論 Les fondements des mathématiques」の項の記述
・ポアンカレは「直観主義」の先駆とみなされることがあるが、ブラウアーの提唱するような排中律の否定はしていない。
・ポアンカレの*「直観主義」は、カント由来のものである。
・ポアンカレの使う「直観」は、「イメージ」とか「モデル」といった意味である。

 

 この記述なら、私の読んだポアンカレの印象とよく一致します。

 

 この簡単なリサーチから帰結できることは、ポアンカレの使う「直観」という言葉は、「イメージ」「直覚」とも換言できるもので、数学基礎論としての「直観主義」は唱えていない、というのが妥当ではないか、ということです。

 

 私の推論だと、日本語版wikipedia「数学的直観主義」、岩波哲学・思想事典のそれぞれの記述は、同一の資料からの引き写しではないか、少なくともともに根拠の薄いもの、という感じ、というところです。

 

7)したがって、ヒルベルトが形式主義をもって、反駁したのは、ブラウワーの直観主義である。

 

 上述したように、ブラウワーの直観主義は、全ての数学の基礎というよりは、数学の1分野として定着した、とみるべきでしょう。この分野の世界で最初の教科書は、竹内外史により、『直観主義的集合論』として、1980年に紀伊国屋書店から出ています。

 

8)なぜ、職業的数学者は直観主義を嫌悪するか?

 

 F.Nakajimaさんのご指摘の通り、職業的数学者で直観主義を採用する人物は、その分野を専攻する人以外いなさそうです。まあ、そうだと思
います。第一、背理法が使えないので、ありとあらゆる存在証明がやりにくくて困るでしょう。仕事になりません。これでは飯の食い上げ、です。

 

9)ヒルベルトの形式主義でもって、ブラウワーの直観主義は命脈が絶たれたか?

 

 既述のように、独立した一分野として数学界に地歩を得ているようなので、それはないのでしょう。また、コンピュータ・プログラムの記述に直接関連
はあると言う話はどこかできいたことがありますし、それからすれば、計算機科学や計算の理論、計算量の理論、などには関連が深そうです。

 

 また、「証明論においてヒルベルトのいう有限的・構成的手法とは実は直観主義者的手法といっても過言ではないことがわかってきた。」
1998 平凡社世界大百科事典「直観主義 intuitionism」、柘植利之氏筆

 

 とあるように、ヒルベルトとブラウワーはどちらも、数学的リゴリズムの塊のような気質の学者みたいなので、その慎重さから、“有限的”、“構成的”という手法が似てくるもの当然、という気もします。

 

10)ポアンカレの数学者としての特徴

 

 ポアンカレは、この世の中に存在する理論的問題は、まずは数学的問題に置換して、さっさと解いてしまえ、というタイプの数学者のように感じます。
彼が広大な分野(位相幾何学、数理物理学、理論物理学、天体力学、科学哲学、etc.)で、大活躍したのもそういう彼の性格からきているのだと思われま
す。

 

 サイバネティクスのウィーナーは、熱力学・統計力学・電磁気学・ベクトル解析・代数学、といった数理物理学で八面六臂の大活躍したギブズ
(Josiah Willad Gibbs)を評して、あまり数学的厳密さには頓着しないが powerful だと、評していました。

 

 まさに、ポアンカレも、厳密さよりも困難な事を数学的に定式化して解いてしまうことに生きがいを感じた powerful
な数学者タイプだったと言えるでしょう。だから、ヒルベルトのフォーマリズムには、理論的にというより、生理的に反発を感じていたと思われます。**

 

 ヒルベルトと反目していた、そして「直観」という言葉を頻繁に使っていた、という二つの側面から、ポアンカレは「直観主義者」だ、という言説、というか誤解が生まれたと思われます。

 

追記

 

*「ポアンカレのいう」→「ポアンカレの」、に訂正。ポアンカレが「直観主義」そのものを唱えているわけではなく、仏語版wikipedia 執筆者がカントと結びつけるためにそういっているだけなので。

 

**それだけに、ヒルベルトの形式主義より一層、数学者の手足を縛る、ブラウワーの直観主義など、ポアンカレにとり論外だったはずです。

 

〔参照〕
intuitionism 雑考

 

〔参照〕
「哲学の自然化」?
「哲学の自然化」?(2)
物理法則に物理量は存在するか?(1)
物理法則に物理量は存在するか?(2.3)
物理法則に物理量は存在するか(4/結語)

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