Hume - Hayek conservatism の理論的欠陥 (3・結語)
すでにこの話題も長くなってしまい、私も少々飽きてきた。この辺でザックリ結語としたい。
人間の行動と社会の歴史的遷移をいくつかに図式化してみる。
まず、諸個人の行動。
Ⅰ.目的 → 手段(選択)→ 行動
次に、社会の時間(歴史)的遷移。
Ⅱ.原因 → 結果
Weber の社会科学方法論は、{目的 → 手段(選択)}を{原因}に、{行動}を{結果}に読み替え、ⅠをⅡに組み込む。これで、科学方法論として、因果論が使えることになる。
Ⅲ.{目的 → 手段(選択)}→ {行動}
↓ ↓
{ 原因 }→ {結果}
Hume-Hayek は、Ⅰがもう少し複雑になる。
Ⅳ.目的 → 手段(選択)→ 行動 → 反省 → 改善
そして、Hume-Hayek 的世界では、個人Aも、個人Bも、社会のあらゆる個人が思い思いにこれを展開する。すると、限定的とはいえ多少なりとも理性的合理的人間なら、自分だけで なく、他者の成功例、失敗例を横にらみしながら、「模範の模倣」を取り込んだ改善行動をする。
Ⅴ.目的 → 手段(選択)→ 行動 → 反省 → 改善(模倣を含む)
「反省 → 改善(模倣を含む)」過程を、簡単に「学習」過程と呼ぶことにする。
Ⅵ.目的 → 手段(選択)→ 行動 → 学習
社会における多数の諸個人がⅥのような行動を繰り返していけば、ゆっくりではあっても、自ずと最善行動に収斂し、ある一定の行動のルールが出現し てくるだろう。それを、Hume なら convention(習律) と呼び、Hayek なら artifacts (人為の所産)と呼んだりする。このマクロ的過程を図式化すると、
Ⅶ.諸個人の学習行動 → 自律的秩序(「私有財産と契約の遵守」下の自由な社会)
となる。この秩序下にあっても、ゆらぎはあり得るが、これも「諸個人の学習行動」を通じた相互調整によって、ゆっくりと新しい秩序に遷移するはずだ。これが、Hume-Hayek的世界である。
Weber の歴史的遷移のシナリオは、Ⅲの構成を変更する。
Ⅷ.{歴史的所与 → 諸個人の目的合理的行動} → {諸行動の帰結(その意味解釈)}
↑ ↓
事件events 事件events
{ 原因 } → { 結果 }
この様々な段階における事件eventsの歴史への介入があるため、歴史を因果論的に解釈する際にも、細心の注意が必要となり、早急な理論的論断を避けなければならなくなる。
歴史への事件eventsの介入。これを単なる偶然とだけ処理しては科学にならないし、必然となせば何らかの神学的歴史解釈となってしまう。それ では、今のところ人類の運命となりつつある、「西洋近代」ないし「近代資本主義」の歴史的生成という、人類社会の長期的歴史的遷移を有意味かつ合理的に理 解できない。
そこで、Weber が作り出した概念が、選択的親和関係 Wahlverwandtschaften(英訳 Elective Affinities) である。禁欲的プロテスタント諸派、就中、カルヴィニズムが商工業主やそこでの労働者たちに適合的だったのはなんらかの必然性があったからではなく、歴史 的「出会い」があって、たまたまお互いに引き寄せられたに過ぎない、というわけだ。
西洋近代や近代資本主義を動かしている人々の心的態度 ethos は、その歴史的源泉を遡行すると、禁欲的プロテスタント諸派、就中、カルヴィニズムに突き当たる。それでは、因果論的に考察すれば、カルヴィニズムが原因 で、「資本主義的の精神」が結果、と理解できるのか。いやそう決定論的には言えない。「資本主義的の精神」、ましてや近代資本主義は、おそろしく複雑な歴 史的形成物(historical generation)であり、カルヴィニズムがその複合物を構成する要素の一つの歴史的淵源になったとまでは言えても、それ以上のことは学問は禁欲しな ければならない、というのが Weber の繰り返し警告しているところである。
以上が、進化の理論と Weber 的見地からの、Hume-Hayek conservatism への理論的批判である。もう少しスッキリしたものにしたかったのだが、エネルギーが枯渇しつつあるので、ここらで終了する。
ただ、一つ追記すれば、「進化論」は、もともと生物進化という、一見、合目的的現象を、目的論なしで、 positive theory として説明するために編み出された。しかし、これが社会に転用されると、Weber の用語を使えば、「価値合理的」な観念や議論が混じりこむため、normative theory であるかのように意識的、無意識的に誤用される危険が高くなる。この横滑りが、Hume-Hayek conservatism の陥穽となっている気がする。「パレート最適性」で市場機構の最適性を主張するuncoな経済学の議論もそうだし、明治日本で、天賦人権論がいつの間に か、無様な、弱肉強食の社会進化論に滑り落ちたのは、明治やくざ国家が喧伝する「国盗り物語」史観の Norm を、あたかも科学的、positive で新奇な理論=社会進化論で偽装できたためである。
注記、参照事項が必要だが、結構大変なので、後日にまわすことにする。
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