« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »

2007年12月

2007年12月31日 (月)

羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ』PHP新書(2007年)(余計なお世話編)

 列島の戦国期から徳川初期の変遷を、社会組織原理の変遷で再解釈するために、戦国期に関する概説書を今日明日で読み切らねばならない、というのに、みすず書房版大久保訳の Marianne Weber"Max Weber: Ein Lebensbild" をチラチラ拾い読みをしてしまった。

 そこで少々気になった点があるので、注記しておこう。

 この羽入氏の著書で一つ勉強になった点は、みすず版の「ウェーバー伝」には訳出されていない部分がチョコチョコあるということである(本書、p.38、pp.56-57)。正直、これはひどいと思った。羽入氏の指摘するとおり、訳者としては越権行為である。

続きを読む "羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ』PHP新書(2007年)(余計なお世話編)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月30日 (日)

A Letter from Sir Isaiah Berlin (追記)

HEADINGTON HOUSE
OLD HIGH STREET, HEADINGTON
OXFORD, OX3 9HU

30 April 1992

Dear Mr. *******

  Thank you for your letter of 9 April.  I wish I could answer you as fully as you request, but I cannot do it, for the questions are too large, too general.  Thank you for your kind words about my works.

続きを読む "A Letter from Sir Isaiah Berlin (追記)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月28日 (金)

一次文献至上主義の陥穽

「ヴェーバー自身も述べていることであるが、こうした広大な領域の研究をおこなうためには、自分自身で一次文献を直接渉猟することなど到底出来ず、どうしても二次文献に頼らざるを得ない。それは純粋に学問的に見た場合、独創性を主張することは何ら出来ない業績にしか過ぎない。」
羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ』PHP新書(2007年)、pp.48-49

 羽入氏の物言いには、他者に対する respect が欠けている。折原氏を憤激させる要因にこれが一つあるだろう。他の Weberian の感情過多の反応も、羽入氏の Max Weber へのrespectの無さに理由が求められる。要するに、無礼者!っていうところか。ま、それもどうかと思うのだが。

続きを読む "一次文献至上主義の陥穽"

| | コメント (2) | トラックバック (1)

Weberだけがビョーキじゃない

「画家を志しながら、父との葛藤のなかで科学者となることを選んだことが、ジェイムズの生涯につきまとう深刻な憂鬱症をもたらしたことは多くの伝記作家たちの格好の題材となってきた」
W.ジェイムズ『純粋経験の哲学』岩波文庫(2004年)、p.267、解説(伊藤邦武氏筆)

 いやー、親による子への人格的抑圧とその身体的応答としてのdepressionっていうのはよくあるものだ。

続きを読む "Weberだけがビョーキじゃない"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月27日 (木)

「羽入-折原論争」への、ある疑問

 日本における、Max Weber 業界に、「羽入-折原論争」なるものがある。この記事は、その彼らの文献学上の初歩的ミスを指摘するためのものだ。

 コメント欄は何らのアクセス制限はしていないので、ご意見のある方はそこを利用して戴いて結構。ただ、それへの応答はあまり期待されぬようお願いしたい。私自身、この問題に少々倦んできたこと、それ以上にこの年末から年始にかけての私自身のわずかばかりの余暇を利用して、近世国制史研究をなんとしても進めたいと考えているので、私の頭脳、体力という資源を割くことが出来ない可能性が高いためである。

続きを読む "「羽入-折原論争」への、ある疑問"

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2007年12月26日 (水)

羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ』PHP新書(2007年)(2)

 関連リンクを貼っておこう。

タカマサのきまぐれ時評2 羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ 一生を母親に貪り喰われた男』は相当スキャンダラス

タカマサのきまぐれ時評2 羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ 一生を母親に貪り喰われた男』は相当スキャンダラス2

 これに関する議論、私としては少々飽きてきた。橋本努氏のサイトにボールを投げてみることにする。反応するかな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月24日 (月)

羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ』PHP新書(2007年)

 私は、これまで邦訳ではチョコチョコ Max Weber を読んできた。

 学部1年の「社会科学入門」なる講義で、大塚久雄『社会科学における人間』(1977)、の存在を教えられ読んだ。芋ずる式に大塚久雄『社会科学の方法』(1966)にたどり着き、そこから導かれて、どうしても読みたくなり、岩波文庫旧版の梶山・大塚訳『倫理』に向かった。

 恐らく、学部時代に旧訳で2回読み、学部卒業後、往復の通勤時間を利用して、新訳で2回読んだと思う。あとは時に応じて拾い読み。

続きを読む "羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ』PHP新書(2007年)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月19日 (水)

Anstalt と Verein

 Max Weber が団体を議論するときの重要な2類型、Anstalt と Verein。通常の英語との対応を見るとこうなる。

 Anstalt ⇔ institution

 Verein  ⇔  club, association

 Weber は、近代国家は、Anstalt であるという。だから、社会契約説による国家設立という story に、Weberは組しない。

 一方、日本中世の結社原理「一揆」。さて、この「一揆」は果たして、Anstalt か、Verein か。おそらく、Verein なのだろう。そして、幾つか観察から、戦国大名も「一揆」の構造を持っているらしい。すると、その延長線上に構築された徳川国家は、 association ? 

 もう少し、息の長い考察が必要のようだ。捲土重来。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年12月16日 (日)

議論は「競技」である

 私の病臥中、二つのコメントを戴いていた。

足踏堂さんのコメント
「私は、この列島の人たちが議論において、感情を切り離せないでいるのを度々経験してきました。感情に引っ張られて、なにやらわからない「口喧嘩」のようなものになっていく。議論を詰めるということの大切さこそ、近代議会制の要諦だと思います。それなのに、この国のかたちをつくった薩摩なるところでは、「議を言うな」と言った物言いがなされていたようです。ちょっとそういう雰囲気残っていませんかね?」

まつもとさんのコメント
「さらに悪いことには、それが「議論」というものの範型として相続されているように思います。ネット右翼の(たぶん)若者の議論は、彼らの親たちの世代の戯画でもあるのではないでしょうか。」

 幾つか興味深い点を含んでいるので、記事として敷衍してみよう。topic は二つある。

続きを読む "議論は「競技」である"

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2007年12月15日 (土)

祝! 復活

 インフルエンザから復活しました。

 簡単に今回の私の症例を記録しておきます。結果的に、丸3日で治りました。ただ、これはかなり個人差があると思われるので、一つの事例としてお考え下さい。自分の体で感じたことは、タミフルが効いて来ると、熱は下がるが、かなり不愉快な頭痛に見舞われます。これだけは、嫌でした。

 では、この数日間をドキュメントでざっと再現してみます。

続きを読む "祝! 復活"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年12月11日 (火)

インフルエンザA型

 ついに私もインフルエンザA型に罹患してしまいました。そして、あろうことか、タミフルを処方してもらうことにしました。(-_-;

 まあ、多分、年齢が年齢なので、飛び降りたりしないでしょうし(^^;、飛び降りても三階なので、骨折で済みます。

 ということで、しばらく、多分一週間くらい、更新はお休みします。

続きを読む "インフルエンザA型"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

「地球温暖化は商売道具」という論法

 うーむ、「地球温暖化は商売道具」っていうのは、巧妙なレトリックですね。ある種の「ホンネによるタテマエの暴露」=「イデオロギー暴露」のレトリックです。「地球温暖化」という、正誤の決着可能な事実問題を、「話者の動機」という、価値問題にすり替えるわけです。話者を道徳的に劣化することで、事実問題の「価値(重要性)」を劣化させる論法です。

続きを読む "「地球温暖化は商売道具」という論法"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年12月10日 (月)

地球温暖化の確からしさ

 よい読書ノートがあった。下記である。

読書ノート(by 増田 耕一氏)
不確かな科学、不確かな世界 / Uncertain Science ... Uncertain World (Pollack)

 詳しくは、上記をご覧戴きたい。そこから、二つだけ話題をピックアップしておこう。

続きを読む "地球温暖化の確からしさ"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年12月 8日 (土)

homo homini lupus.「人間は人間にとって狼である」(ver.1.2)

 homo homini lupus. (ただし、動詞 est は普通、省略されている。)

 Man is a wolf to man.

「人間は人間にとって狼である」

 表題の言葉は、Hobbes の言として人口に膾炙している。

 それで、本当に Hobbes がそう書いているのか確認してみることにした。とりあえずは、下記で調べた。

続きを読む "homo homini lupus.「人間は人間にとって狼である」(ver.1.2)"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年12月 7日 (金)

自然状態(state of nature)について(2)

 大道安次郎「近代自然法」、新版 社会思想史事典 新明正道編著 創元社(1961年)、pp.114-115、より
*************************************************************************
自然状態(State of nature, natural state)

続きを読む "自然状態(state of nature)について(2)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 6日 (木)

カテゴリー「Thomas Hobbes」作成

 己の勘違いで、、「ホッブズ」カテゴリーと「ポップス」カテゴリーを取り違えてしまった。(-_-;

そこで、改めて、「ホッブズ」には「Hobbes」を、「ポップス」には「pops」を与えた。大失態。m(_ _)m

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自然状態(state of nature)について(1)

世界の大思想9 ホッブズ リヴァイアサン(国家論)水田洋・田中浩訳
河出書房新社、1980年(新装版第3版)、p.85上段、より

第十三章人類の至福と悲惨にかんするかれらの自然状態について
「こうして次のことが明らかとなる。すなわち、人びとは、すべての人を威圧しておく共通の力をもたずに生活しているあいだは、かれらは戦争と呼ばれる状態にあるのであり、そして、かかる戦争は、各人の各人にたいする戦争なのである。」

続きを読む "自然状態(state of nature)について(1)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 4日 (火)

Himmelfarb vs. Skocpol

 少なくとも、米国東部における政治言説の先鋭な対立は、この二人を機軸にして回転しているように思う。ま、勘だけど。いろいろ調べたいが時間がない。

Gertrude Himmelfarb

Theda Skocpol

* Himmelfarb については下記参照。

橋本努『帝国の条件』弘文堂(2007年)

** Skocpol については下記参照。

シーダ・スコッチポル『失われた民主主義』慶應義塾大学出版会(2007年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 3日 (月)

現代思想11月号臨時増刊号「総特集マックス・ウェーバー」青土社(2007年)(ver1.1)

 本屋でたまたま目撃してしまい、買ってしまった。優先順位の高い事が他にあると言うのに・・・。

 まだ、ほんの一部にしか眼を通せてないが、早速「これは」という収穫があったのでアイデアがらみのメモ程度だが記録しておこう。

 小谷汪之 「ウェーバーの比較社会学と歴史研究 アジア=インド認識を通して」pp.46-60

続きを読む "現代思想11月号臨時増刊号「総特集マックス・ウェーバー」青土社(2007年)(ver1.1)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 2日 (日)

金言シリーズ(その8)

 本を読むことは、孤独な作業ではない。なぜなら、それは著者を随伴者とする冒険の project だからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

金言シリーズ(その7)

 世界は驚きに満ちている。それがわからないとしたら、その理由は世界ではなく、あなたにある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

金言シリーズ(その6)

 あなたの必要性は、あなたには見えない。それをあなたに見せてくれるのは他者である。なぜなら、あなたの存在を必要としているのはあなた以外の人間だからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

金言シリーズ(その5)

 他者の失敗を結果のみで、測ってはならない。その過程の努力の有無で評価しよう。結果のみからの見方は、いずれあなたの人生にも到来する負の帰結が、あなたを成長ではなく、努力の放棄へと導くものだからだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

金言シリーズ(その4)

 努力の報酬は、成功ではない。自己の人間的成長である。したがって、努力を忌避することは、人間的成長を自ら放棄したことに等しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 1日 (土)

Modernity の系譜(2)

 前回の(1)に、少しヒネリを加えてみた。何かが見えないか、という試し。

続きを読む "Modernity の系譜(2)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »