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2007年12月27日 (木)

「羽入-折原論争」への、ある疑問

 日本における、Max Weber 業界に、「羽入-折原論争」なるものがある。この記事は、その彼らの文献学上の初歩的ミスを指摘するためのものだ。

 コメント欄は何らのアクセス制限はしていないので、ご意見のある方はそこを利用して戴いて結構。ただ、それへの応答はあまり期待されぬようお願いしたい。私自身、この問題に少々倦んできたこと、それ以上にこの年末から年始にかけての私自身のわずかばかりの余暇を利用して、近世国制史研究をなんとしても進めたいと考えているので、私の頭脳、体力という資源を割くことが出来ない可能性が高いためである。

 それなら、物騒な記事など書かなくともよいような気もするのだが、「それでもなお」、両氏ともにその「文献学」的精緻さを誇りつつ、先人の文献学的業績への目配りの、両氏の見事な欠如ぶりには、少々腹に据えかねるところがあり、黙っていられなかった。

 下記の内容は、ひょっとすると、羽入氏、折原氏のどちらかが触れている可能性もないとは言えない。もしそれなら、当然、前言を潔く撤回するので、知見のある方はよろしくお願いしたい。この点の指摘なら、速やかに応答するものである。

 まず、下記の引用をご覧戴きたい。

引用開始
*********************************
 併し、このウェーバーの見解は、もっと十分に検討されなければならないと思う。即ち1522年の聖書翻訳に於てルーテルが"Beruf"という言葉を使ったという点*と、1523年のコリント前書講解に於て、"Beruf"なる言葉を使用した裏面には世俗的職業の自由の観念が蔵されているという点**とについてである。

*ルーテル訳の聖書として現行されているものは殆んど総て、前記の箇所は"Beruf"となっているが、彼の全集ヴァイマール版によれば、1522年の初版本には"ruff"とあり、更に1546年版即ちルーテル生前の最後版に於ても全く同じく"ruf"とあり、"Beruf"ではない。

**1523年の講解をエルランゲン版について見ることを得ないが、そこに於てたとえルーテルが"allen Berufs"の自由という言葉を使用したとしても、その"Beruf"を以て直ちに世俗的職業の自由の意義が蔵されているととることは危険である。純然たる宗教的意義の召命ではないにしても、その状態を示すという位のところであろう。更に、ルーテルがBerufなる言葉を1522年版に於ては用いなかったのかというとそうではない。彼は他のところに於ても、"beruff"という言葉を用いた。更に、1546年版に於ては、それらは何れも大文字の "Beruff"となっている。(Weimar Ausgabe, 7,S.91-351)而もそれらの何れもが、全く宗教的な意味か又は召されし状態を示すものである。
*********************************
引用おわり

 これは、下記の書からの引用である。

 沢崎堅造著、『キリスト教経済思想史研究』未来社、1965年、p.49

その初出は、

 沢崎堅造著、「ルーテルの『職業』について」、『経済論叢』45巻5号*、1937年11月

である。

 私が、

羽入辰郎「マックス・ヴェーバーの『魔術』からの解放─『倫理』論文における"Beruf"-概念をめぐる資料操作について」
『思想』 1998年 885号 72-111

を、『思想』誌上で初めて読んだとき、非常に興味深いが、この批判では、Weber の立論は崩れないと感じていた。その数ヵ月後、たまたま、古書店でこの沢崎氏の御著書を知り、「ああ、これこれ」と気付き、すぐに、岩波書店『思想』誌編集部気付けでこの書誌情報を書面で送った。なにしろ、羽入氏が世界初と喧伝するその60年も前に、ほぼ同じ論証がなされていたのだから。この見落としは、「文献学」的精緻さを誇るなら、初歩的ミスの範疇に属すはず。その後、9年間経過した現在、『思想』編集部および羽入氏から音沙汰がないので、編集部段階で握り潰されたかしたのだろう。

 さて、私は折原氏ほどの研究者が羽入氏と正面から論争に入るなら、必ずや、この沢崎氏の孤高の業績に気付かれるだろうと思い、静観していた。ところが、少なくとも、橋本努氏の開設したサイトで管見する限り、先人の業績を回顧される様子が、折原氏からも、他のどなたからも見られないように思われる。そこで今回の記事とあいなった。

今のところの、私のこの論争に関する感想は以下のようなものである。

1)この沢崎氏の、60年前の国際的に誇り得る先駆的業績に気付かないままという事態に関しては、羽入氏も折原氏も同レベルである。

2)なぜ、折原氏は、羽入氏がドイツおよび、フランスにおける学術誌に発表した時、徹底的に反論されなかったのか。

3)それについて情報がなかったとしても、なぜ、『思想』誌上に公表された1998年の時点で現在のような論争を、折原氏ほかの日本人研究者が起こさなかったのか。

 私の言いたかったことは以上で尽くされる。故沢崎氏は敬虔なクリスチャンであり、伝道師でもあった由。ご本人からは余計なお世話と苦笑されるのがオチかも知れぬ。しかし、見事に「却初(ごふしよ)より作りいとなむ殿堂にわれも黄金(こがね)の釘一つ打つ」(与謝野晶子)た氏に、(いま流行りの言葉で言えば)どうしても respect を表明すべきだと考えた次第である。

〔参照〕

羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ』PHP新書(2007年)

羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ』PHP新書(2007年)(余計なお世話編)

マックス・ウェーバー『職業としての学問』岩波文庫(1980年)(追記あり)

*号数に誤記があったのを訂正し、月号も追記した。

追記(1/25)〔参照〕
"Beruf"- "Ruff"問題に関する沢崎氏の見解

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コメント

t-maru さん、どーも。resとして記事を書きましたので、御笑覧ください。まだ、前半のみなので、もしresを付けて戴けるようなら、後半の記事をお待ちください。

投稿: renqing | 2008年1月10日 (木) 23時10分

問題設定の開設 → 問題設定の解説、(誤記訂正)

投稿: t-maru | 2008年1月 9日 (水) 07時16分

ヴェーバーがルターを取り上げているのは、あくまで「トポス」としてであり、問題設定の開設、導入部に過ぎません。
羽入氏を含め多くの人がそこが本論であるように誤解しています。

それから「ルターの死後、ルターのあずかり知らないところでそれが”Beruf”に改訂されたのなら、確かにヴェーバーの議論は成立しない。」というのは、ルターが最初「状態」にあたる単語に翻訳していて、それが死後「Beruf」に改訂されたなら、という意味でruf(f)がBerufに改訂されたら、という意味ではありません。

投稿: t-maru | 2008年1月 9日 (水) 07時15分

t-maru さん、どうも。

御論考のP.22の注44を拝読しました。

グリムのドイツ語辞書にそう明記してあるなら、わざわざ Weber はまどろっこしい記述などせずに、なぜサラッとグリム辞書参照、と注にでも指示しなかったのでしょうか。それこそ、学問的手続きとして Weber の手落ち、それもドイツ人学者としての手落ちを証していると思われます。

これとは別に、「ルターの死後、ルターのあずかり知らないところでそれが”Beruf”に改訂されたのなら、確かにヴェーバーの議論は成立しない。」とも書かれています。私が1998年に羽入論文を『思想』誌上で初見したとき、初めそう考えましたが、すぐに思い直しました。というのも、Weberの議論の、「誰が」の部分はそれで崩れるでしょう。しかし、ルターのオリジナル聖書で存在しなかった”天職”概念が、普及版ルター聖書では定着していたとすれば、そこに歴史的事実として、"Beruf"の「天職」概念化はやはり推定できるからです。Weber のミクロの立論が崩れても、マクロの立論はそれでも崩れない、と当時の私は判断し、論文コピーとこの考えを某思想史家に送ったりもしました。今でもそう考えます。たとえ、羽入氏の指摘が妥当だとして、よし文献学として成立せずとも、歴史社会学としては成立する、と。

私としては、故沢崎氏の仕事が、沢崎氏の仕事として妥当なところで、認知、評価されれば、故人の名誉は守られたと考えます。グリム辞書の話は、この日本の学問史の文脈とは別の次元に属します。そこからすれば、Weber本人の議論も、故沢崎氏も、羽入氏も、すべてまとめて批判すべき事柄です。

投稿: renqing | 2008年1月 9日 (水) 06時45分

再びt-maruです。
http://www.shochian.com/hanyu-hihan-fc107.pdf
に私が書いた羽入氏批判がありますが、P.22の注44に、ruff-Beruf関係についての私の見解を簡単に書いています。
そこではグリムのドイツ語辞書に準拠したのですが、ヴェーバーが倫理論文を書く前に、グリム辞書では今日のBeruf=転職の意味の起源がルター聖書のベンシラの書の翻訳であるとしています。
また、Rufについては、過渡的に「天職」の意味で用いられたとあります。またそこに引用されたルター自身の文書では、コリントI 7.24のBeruf(Ruf)は「状態」の意味ではない、と述べられています。(ここの原文の文脈がまだ確かめられていませんが。)

従って、沢崎氏の発見は羽入氏より先なのは間違いありませんが、ヴェーバーとの関係で述べた、というだけで、訳語の違いや意味変遷については、グリム辞書(ヴェーバー以前には分冊だけが刊行)の方がはるかに先(ヴェーバーよりも先)です。しかもグリム辞書はヴェーバーの見解と同じで、RufとBerufの違いも歴史的な揺れ、としか見ていません。

投稿: t-maru | 2008年1月 8日 (火) 21時21分

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