日本 Max Weber 業界の「犯罪」?
考えてみれば、故沢崎堅造氏(師というべきか)の業績を、70年間も埋もらせ続けたのは一人、羽入氏や折原氏の責任ではない。
故沢崎氏は京大経済学部大学院の研究室に属し、その紀要である『経済論叢』という media に発表していた。厳密な意味で referee の審査がなかったにしても、編集委員は目を通していたわけだし、同窓の研究者仲間(出口勇蔵氏もその一人)もいたろう。
さらに、戦後、その業績を惜しんで、故人の論文集が名の通った学術出版社から出されている。大学紀要に掲載されただけならまだしも、書籍として流通し、たいていの大学図書館なら所蔵しているはずだ。
それでも、これまで日本の Max Weber 業界において一顧だにされなかった模様だ。その理由はよくわからない。思うに、他の人文系業界と同じように、西欧研究に関しては、日本語の文献より、欧語 文献のほうが価値が高いと見なされていたからだろう。研究者たちは、この弧状列島の上で呼吸していながら、眼は西方を向いていたわけだ。後進国 (?)の悲しい性というべきだろうか。
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コメント
かぐら川さん
申し遅れました。明けましておめでとうございます。こちらこそ、よろしくお付き合いください。
投稿 renqing | 2008年1月 2日 (水) 15時15分
かぐら川さん、どーも。
「研究者は研究者にとって狼である」とも評せそうな post 不足の昨今、人文系でtenureを得るためには、ますます欧米最新の学説やら研究を追いかける事に研究者たちは血眼なのでしょう。そして欧米人に評価されたいと考えるのでしょう。
しかし、この弧状列島には弧状列島なりの課題があり、そこからしか出て来ない問題群があるはずです。リンクを張ったタカマサ氏も言っていましたが、2008年の日本人にとり、90年前に活躍した Max Weber というドイツ人学者(の仕事)を税金で研究することが、いかなる意味を持つか、をいつでも納税者に弁証できることが、大学人には求められています。
その意味では、安藤英治氏をはじめ、1945年という、二千年におよぶ列島の文明史上の特異点を生きざるを得なかった、大塚、増田、戒能といった先人の問題意識とそれに対する応答をまずは尊重すべきでしょう。肯定も否定も含め、です。
沢崎氏は東京外語出身で元来語学は得手だったのだと思います。そのうえ、学究としてのキリスト者として「行動的禁欲aktive Askese」というエンジンを授けられ、聖書関連の原書を読むためもあるでしょう、英独仏、羅、希、ヘブル、といった聖書学者ぐらいにしか要求されない語学力を有しておられたようです。聖書学者以外の人文系学者でここまでの語学の遣い手は日本人では今でもそういないでしょう(羽入氏は別でしょうが^^;)。そのレベルを凌駕できるのは、思いつく限りで、在野の思想史家関曠野かな。彼はロシア語もやるそうなので。
沢崎氏の恐るべき語学力を周囲の研究者たちが煙たがっていた可能性はありますね。それで彼の業績が当たり障りなく無視されたかも知れません。特に身近にいたはずのWeber学者出口勇蔵氏が沢崎氏の業績の見直しを戦後において主唱されていないのは、ちと解せません。
投稿 renqing | 2008年1月 2日 (水) 15時12分
わたしが沢崎堅造氏の名前を覚えたのは広範なウェーバー文献の中においてであったと記憶しています。それが厳密なウェーバー研究のなかであったのか、ウェーバー研究者の書きもののなかであったのか、今となってはつきとめられませんが。
昨年は大塚久雄氏の生誕100年の年でしたが、今年は増田四郎先生の生誕100年です。独特な視角でウェーバーを法社会学のなかにとりこんでいた戒能通孝氏の100年でもあります。
そんなことも考えながら、学び直しの年にしたいものと思っています。
本年もよろしくお願いいたします。
投稿 かぐら川 | 2008年1月 2日 (水) 13時37分