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2008年3月27日 (木)

変ることの難しさ

「・・・。先入観は、それを植えつけた人々にも、そもそもこうした先入観を作りだした人々にも、いわば復讐するのである。こうして公衆の啓蒙には長い時間がかかることになる。

 おそらく革命を起こせば、独裁的な支配者による専制や、利益のために抑圧する体制や、支配欲にかられた抑圧体制などは転覆させることができるだろう。しかし革命を起こしても、ほんとうの意味で公衆の考え方を革新することはできないのだ。新たな先入観が生まれて、これが古い先入観ともども、大衆をひきまわす手綱として使われることになるだけなのだ。」

カント「啓蒙とは何か」pp.13-14、永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)所収

 恐らく人間社会の本質をよく承知しているケインズ( J.M.Keynes )にも下記の言がある。

“Practical men, who believe themselves to be quite exempt from any intellectual influences, are usually the slaves of some defunct economist.”

「実務家( 彼らは自分がいかなる知的影響からも全く免れていると信じている )たちといえども、大抵は過去の経済学者たちの奴隷なのである。」

The General Theory of Employment, Interest and Money by John Maynard Keynes

 人は自分が思っている以上に過去の頚木の下にある。しかし、それは、人格というものがその人によって生きられてきた生そのものであることの一面である。だから、それを否定しては自分が自分でなくなってしまう。

 したがって問題は、己の中の過去を尊重しつつ、それに自覚的であり続けることでしかない。たぶん、それが出来たとき、後から振り返れば、成長という意味での変化を成し遂げていたことがわかる。人は過去とともに生きざるを得ない。しかし、それでよいのである。

〔参照〕
人は過去とともに生きる

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