ダーウィン進化論の本質(The essence of Darwinism)
**********************************
プラグマティスト、ジェームスはダーウィン進化論の良き理解者でもあった。彼は、当時広く流布していた、ハーバート・スペンサー流の「まちがったダーウィン主義」を批判していた。スペンサーは、進化が自然環境(風土)、祖先の条件などに起因するとして、社会が変化を決定するという主張がダーウィニズムの本質なのだとしていた。ダーウィンはあらゆる自然の変異が、無方向で無目的であることを積極的に肯定していた。またダーウィンの「選択」の概念には起こったことを後から(ア・ポステリオリ)記述する以上の意味は含まれていない。ダーウィンは、誰も選択しない、ただ結果としての選択が起こるだけなのだ、と言ったのである。しかしスペンサーはダーウィニズムを社会決定論的に読みかえていた。
ジェームスはこのような、おそらく現在も繰り返されているだろう、進化論についての誤解から、ダーウィニズムを守るために枠組みを進化論それ自体に求め、理論的な発見をした。
それは、ダーウィニズムを、自然に起こっている異なる二種の変化を分離したままでつなげた理論なのだと理解する方法である。変化の一つが、ジェームスの言葉では、「特異性を生み出した原因」、現代の用語でいえば「変異」である。生物とは無尽蔵(無限ではない)の変異を供給しつづけているシステムである。
そしてもう一つの変化が、ジェームスが「それが生み出されたのちにそれを維持する原因」と呼び、現在、「選択」と呼ばれているシステムである。
ジェームスは「変異」と「選択」という二つの変化が互いに関連がないことを喝破した点がダーウィンのすばらしい独創性だったのだとする。たとえば「選択が変異を生む」というように、二つの変化を一つのことのように考えてしまうと、変化の説明に「目的」が入り込んでしまう。ジェームスは、ダーウィンの進化論に、世界を刻々と異なるものにし続けている、二つの差異化のシステム、彼の言葉では、多様性を生む「放出的力」と、結果としての選択である「他動的力」の間の意義深い理論的断絶を発見した。
*********************************
佐々木正人「運動はどのようにアフォーダンスにふれているか」より、
佐々木正人、松野孝一郎、三嶋博之著『アフォーダンス』青土社(1997年) 所収、pp. 193 - 195
以上の議論を踏まえることで、「日本初期近代における勤勉革命」という速水融の仮説やその親玉仮説ともいえる、様々な経済決定論を、理論的に(実証的に、ではなく)棄却することが可能となる。それは、 Max Weber のエートス論(ethos theory)を支持する理論的根拠ともなる。この件については、下記に譲ることとする。
〔参照 弊ブログ記事〕
エートスの進化( The evolution of ethos )(1)
エートスの進化( The evolution of ethos )(2)
解釈学 Hermeneutik としての進化論
| 固定リンク
「思想史(history of ideas)」カテゴリの記事
- 徂徠における規範と自我 対談 尾藤正英×日野龍夫(1974年11月8日)/Norms and Ego in the Thought of Ogyu Sorai [荻生徂徠](2023.08.30)
- 徳川思想史と「心」を巡る幾つかの備忘録(3)/Some Remarks on the History of Tokugawa Thought and the "mind"(kokoro「こころ」)(2023.06.11)
- 初期近代の覇権国「オランダ」の重要性/ Importance of the Netherlands as a hegemonic power in the early modern period(2023.05.15)
- Wataru Kuroda's "Epistemology"(2023.05.01)
- 黒田亘の「認識論」(2023.04.30)
「Max Weber」カテゴリの記事
- Two Europe(2022.12.22)
- The future as an imitation of the Paradise(2022.10.30)
- Die Wahlverwandtshaften / Elective Affinities(2022.10.29)
- 日本の若者における自尊感情/ Self-esteem among Japanese Youth(2)(2022.09.28)
- 日本の若者における自尊感情/ Self-esteem among Japanese Youth(1)(2022.09.28)
「科学哲学/科学史(philosophy of science)」カテゴリの記事
- ぼくらはみんな生きている/ We are all alive(2023.10.29)
- 「鐘」と「撞木」の弁証法、あるいは、プロンプトエンジニアリング(2)(2023.08.12)
- 「鐘」と「撞木」の弁証法、あるいは、プロンプトエンジニアリング(1)(2023.07.19)
- You don’t know what you know(2023.07.16)
- AI Lies: Creativity Support and chatGPT(2023.07.10)
「速水融(Hayami, Akira)」カテゴリの記事
- 救荒作物/ emergency crop(2020.05.07)
- 「明治維新」を現出させたユース・バルジ(Youth Bulge)〔2〕(2019.06.23)
- 18C末徳川期の諸資源の相対価格(2014.05.02)
- 浜野潔『歴史人口学で読む江戸日本』吉川弘文館(2011)〔承前〕(2011.08.25)
- 抱腹絶倒の速水融記念講義(20220202講演音源追加)(2010.04.17)
「進化論(evolutionary system)」カテゴリの記事
- 弊ブログ主のインタビュー記事、第2弾(2023年2月)(2023.02.08)
- What determines price is not "demand" but "cost"(2022.12.15)
- 価格を決定するものは、「需要」ではなく、「費用」である/ What determines price is not "demand" but "cost"(2022.12.15)
- Microfoundations of Evolutionary Economics (Evolutionary Economics and Social Complexity Science, 15), 2019/7/10(2022.11.29)
- Knowledge and Evolution: 'Neurath's Ship' and 'Evolution as Bricolage'(2022.03.25)
「pragmatism」カテゴリの記事
- Failure is a part of learning / 失敗は学びの一部である(2022.11.12)
- Knowledge and Evolution: 'Neurath's Ship' and 'Evolution as Bricolage'(2022.03.25)
- 「愛」という名の「支配」/ "Control" in the name of "love"(2021.04.21)
- ベルグソンとプラグマティズム(Bergson and Pragmatism)(2020.03.05)
- 創発への二つのアプローチ(Two approaches to emergence)(2018.08.01)
「Hermeneutik(解釈学)」カテゴリの記事
「Creativity(創造性)」カテゴリの記事
- AI Lies: Creativity Support and chatGPT(2023.07.10)
- AI は嘘をつく: 創造性支援と chatGPT(2023.07.10)
- 徳川日本のニュートニアン/ a Newtonian in Tokugawa Japan(2023.05.18)
- 未発の潜勢力としての「Chaos 混沌」/ "Chaos" as an unexploited potential force(2022.09.01)
- "The Creativity of Scientists" by Yukawa Hideki (May 1964)(2022.08.31)
コメント