徳川期における法人化、紀律化を巡って(1)
「わが近世の「家」は、ヨーロッパの(そしてある程度まではわが中世の「家」もそうであったと考えられるが)私的・自立的な Haus とちがって、上位者への奉仕から切り離しては観念されてなかった。いいかえれば近世の「家」は、「家職」= 「奉公」という目的のための一種の目的団体に他ならない。」
石井紫郎『日本人の国家生活』(日本国制史研究Ⅱ)東京大学出版会(1986年)、p.175
「同族、ならびに、その基礎にあるイエなるものは、目標志向団体(goal oriented corporations)であって、そのおのおのは、自己の活動の成果、およびそれ自身の無際限な永続化に関心を抱いている。」
F.L.K.シュー『比較文明社会論』培風館(1971年)、p.315
ここで、ガス欠となった。次回へ続くことにする。
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