エートスの進化( The evolution of ethos )(2)
エートスが進化するとしたら、それは社会に受け入れられているエートスの交代だと前回述べた。
つまり、エートスaがエートスa+やエートスa-に歴史的に遷移したならば、それはエートスaが、a+やa-に変容したのではなく、異なるエートスであるa+やa-に切り替わったのだ、とみなせるし、それが歴史の進化的理解にも合致する、ということだった。
では、エートスaが存在して、そのT歴史時間後にa+やa-が出現するとしたらどのような経路が考えられるだろうか。契機は三つある。1)異なる預言者の出現、2)エートスaをもたらした預言者x自身の思想変化、3)預言者aの思想が、ある社会層のエートスaとして受け入れられる際の変形、である。
1)はわかりやすい。思想的ライバルの登場である。それは預言者aの直弟子かもしれないし、別の宗派、思想潮流の人間が預言者aにテキスト等を通じて影響を受け、新たな預言者bになって現われたのかもしれない。
2)は当然こと。思想的に活発な預言者なら、新たな預言をもたらしながらも、自らも悩み、学び、深化し、成長変容するはずだ。
3)はコミュニケーションの原理的困難性に起因する。つまり、「伝えたこと」と「伝わったこと」は、しばしばズレるのである。人にはそれぞれその人生の意味を成立させている個人史的文脈がある。ある社会層にもその社会層を成り立たしめている歴史体験に基づくもう少しマクロの文脈があろう。だから、預言者xの言説をある社会層aが受容するとき、その言説、テキストを自らの史的文脈で読解せざるを得ない。そうであればこそ、己の生のうちにその思想を血肉化できる。そこにズレが生じることは原理的に避けられない。ウェーバー・テーゼに関連する事柄で、一つ引用をしておこう。
「・・。禁欲的プロテスタンティズムが経済的合理化の進展を促したというヴェーバーのテーゼについては数々の吟味がなされているが、とりわけ、十六世紀の宗教改革者たちの思考が、十七世紀に実生活の改革を意図して執筆されたプロテスタントの多数の「教化読本」にそのまま受け継がれたわけではないというハルトムート・レーマンの指摘は重要である。「さまざまなキリスト教会の教義上の立場が十七世紀になってもそれぞれに違っていたことは確かだが、倫理の領域で説かれ、やがて教化読本にも取り込まれることになった内容は、かなり似たものであった。良心的であること、真面目であること、熱心であることが求められた。
ヨーロッパのさまざまの地域ごとにそれぞれ伝統があり、民衆の文化も異なっていたから、こうした倫理的助言に従うやり方にもむろん違いがあり、その実例はいくらも挙げることができようが、ヴェーバーが好んで取り上げた領域、すなわち神学的・倫理的な基本信念に基づいて行為を促す心理的な力の領域に関する限り、カルヴィニズムが果たした役割は、今から見れば、かつてヴェーバーが想定したほど特異なものではなかったと考えられる。」
(HartmutLehmann, Asketicher Protestantisumus und oekonomisher, Rationalisums:Die Weber-These nach zwei Generationen, in: Wolfgang Schluchter (Hg.),Max Webers Sicht des okzidentalen Christentums, 1988,
S.541)。レーマンによれば、「教化読本の著者たちにとって宗派の違いは大きな意味はもたなかった。イギリスの敬虔な著者たちは鷹揚にジェズイットの見解を書き写したし、普段は犬猿の仲であったカルヴァン派とルター派の著者たちもお互いの見解を書き写した。そればかりでなく、中世末期のカトリック文献も大いに利用された。とくにイギリスの著者たちの作品は、多くの外国語に -むろんドイツ語にも-訳されたのであって、ドイツ語に訳される場合はオランダの著者たちがいわば中継者となった」(a.a.O., S.539f.)。このように、「プロテスタンティズムの精神」による経済活動の合理化は、むしろ、全ヨーロッパ的な「紀律化」の一環としてとらえられるべきであろう。やがて、絶対主義国家が「紀律化」の後楯となる。・・。」
村上淳一『仮想の近代 -西洋的理性とポストモダン-』東京大学出版会(1992年)、pp.38-39、注(4)
つまり、様々な宗教的、思想的預言者たちの言説を厳密、精確に受容したなら、上記のようなことは起こりえないのだが、細かい部分をネグレクトしてしまえば、たとえば勃興期の商工市民的な社会層にとっては同じようなものと受容され、逆に大きなひとまとまりのエートスとみなせる場合もでてくるわけだ。
徳川期のエートスの進化について、ぼちぼち証拠をあつめられたら、再論するつもりだ。
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