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2008年4月30日 (水)

無知のヴェール(veil of ignorance)

「・・、各当事者は、人間についての一般的な事実 - 世の中には、健康な者もいれば病弱な者もおり、裕福な者もいれば貧乏な者もいるというような事実 - は知っているものの、自分自身の属性 - 自分自身が健康か病弱か、裕福か貧乏か、有職者か無職者か、自分はどのような生き方を善いとするか - についての情報はまったく与えられていないのである。」
平野仁彦・亀本洋・服部高宏『法哲学』有斐閣(2002年)、第1章、p.15

 上記は、ロールズ(John Rawls)の正義論において、人々が原初状態(original position)から、契約状態に移行する際、ロールズのいう「正義の二原理」をもし採択するならば、こういう条件がなければならないだろう、として掲 げた、仮定ないし条件の一つだ。それを「無知のヴェール veil of ignorance 」という。

 ただ、上記教科書の説明の仕方は、いささかどうかと思う。「自分自身が健康か病弱か」、「裕福か貧乏か」なんて判断できないなら、そもそも意思能力、民法第7条の「事理を弁識する能力」(事理弁識能力)がない状態としか言えないだろう。それでは契約もできまい。
 先の記述の後段で、「自分がそうした存在(社会的弱者のこと;引用者注)となる可能性が排除できない」云々とフォローしてはいるが、そこまで読んでも、 前掲の「無知のヴェール」の不思議な定義に引きずられると、読み手(おそらく学部学生)は混乱したままで、ロールズって変なヤツ、と思われるのがオチではないか。

 要するに、この記述部分の問題は、ロールズが彼の正義論のために構想した、原初状態から契約状態への移行という「論理的時間」についての明確な説明を欠いているということだ。

 社会思想史での伝統的な議論である、社会契約論の「自然状態」、「社会状態」あるいは「国家状態」、について多少の予備知識があれば、筆者の説明の仕方の妙さ加減も判別できるだろうが、この手の教科書にそういう類の知識は前提はできなかろう。amazonなどでは評判がよいので、私も目を通しておこうと思って少しずつ読み進めているのだが、教科書としての折角の見せ場、ロールズ正義論の理論的面白さである「無知のヴェール」についての理解を、初学者に混乱させてはいかんでしょう。優れた教科書の出現は大歓迎な私としては、少々ガックリだし、残念だ。もう少し、丁寧、ないし慎重に書かれるべきだったと思 う。

 Theory of Justice の当該部分↓も、明瞭に記述しているとまでは言えないので、あまり文句もいえないが。

 「無知のヴェール」について、すっきりした説明を読みたい方は、川本隆史『現代倫理学の冒険』創文社(1995年)のp.27、もしくは、同氏の手になる岩波哲学・思想事典(1998年)の「無知のヴェール」の項、をご確認されたし。

'veil of ignorance'
"no one knows his place in society, his class position or social status, nor does anyone know his fortune in the distribution of natural assets and abilities, his intelligence, strength, and the like. I shall even assume that the parties do not know their conceptions of the good or their special psychological propensities. The principles of justice are chosen behind a veil of ignorance."
A Theory of Justice - Wikipedia, the free encyclopedia

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