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2008年5月19日 (月)

惟天地万物父母、惟人万物之霊

「・・伝統的な解釈によればこの言葉は、人間がもっともすぐれた「気」からなり、かくて「五常の性」という徳性が、人心に具備しているとして説かれることが多かった。そうした道徳的本姓の所在に、禽獣と異なる人類の尊厳性が見出されていたのである。」
 平石直昭「近世日本の〈職業〉観」、東京大学社会科学研究所編『現代日本社会第4巻・歴史的前提』東大出版会(1991年)所収、p.43

 中国と日本の伝統的思考様式において、最も鋭く違いが出てくるのは、「分け隔て」の厳しさの有無ではなかろうか。異質なものはあくまで徹底的に異なる。その異なりを必ず突き詰めずにはおかない厳しさが中国人の思惟にはあると思う。 classification に関して一切の妥協はない。中国人は、禽獣との異なりにおいて、人間の尊厳を強く認識するのだ。

 一方、日本人においては、連続、つながり、切れていない。異なりがあっても、それは gradation の中にある。端と端では明らかに異なるが、どこかに切れ目が明確にあるわけではなく連続している。変化そのものには敏感だが、それはあくまでも微細な gradation を感じ取る感受性の鋭さであって、そこを切り取り言語化して定義することに情熱を燃やすわけではない。微妙な差異を味分ける名人芸を賞賛はするが。

 思想の志向性、少なくとも考え方の嗜好性において、相当のちがいがあると改めて感じる。

【注】表題は下記からとった(旧字体は新字体に直した)。生物学で使う「霊長類」なるタームは、おそらく、この儒家思想のテキストから発想されたもので、徳川後期、蘭学を含む洋学運動から生まれた翻訳語だろう。それでなければ、清朝後期における西学運動からだろうと思う。
尚書 : 周書 : 泰誓上 - 中國哲學書電子化計劃

【注】2008.05.27 下記記事も参照。
日本文藝の歴史的特質

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