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2008年5月17日 (土)

あなたはダメな奴である

 確かに、あなたはダメな奴である。しかし、その苦悩ゆえにあなたは自由なのだ。

「たしかにギリシアの古典的哲学からストアに至るまで、あるいは東洋の諸宗教の中でも、人間が死を重大に考えるということ を鎮静せしめる多くの試みがなされてきた。そしてその度合いに応じて、歴史的世界の否定も相当の現実性をあらわしてきたといってよいと思う。しかしこの道 は肉体をもって生存する自由な存在としての人間に真に対応できなかったといえるのではないか。もちろんインド的救済の道が、あるいはギリシア的救済の道 が、全然成り立たないということはできないであろう。しかし痛苦をもつ肉体と関わりをもつ人間的自由は、おのずと歴史的救済を志向するのではないだろうか。肉体がなければ苦悩は苦悩とならない。しかし自由がなければこの苦悩の意味やその解決は求めないであろう。」
大木英夫『終末論』紀伊国屋新書(1972年) 、p.50

「旧約聖書をその源泉とする終末論は、人間を常に未来を志向するがゆえに人格的に学び成長する存在として捉える。それは一定の論理というより、希望を失わず未来を志向するがゆえに自己の対し批判的であろうとし、罪や過ちを反省する態度を意味している。ゆえに終末論は罪の論理と不可分のものである。」関曠野『歴史の学び方について』窓社(1997年) 、p.24

〔注〕フォントカラーは引用者による。

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