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2008年5月20日 (火)

あのぉー、まちがってる(みたいな)んですけど・・

 重箱の隅を楊枝でせせる風なことは、元来趣味ではないのだが(いや、ホントに)、知った以上、捨て置くこともできないので、一言書いておこう。

 今、中学生と下記の書を読んでいる。

 竹内外史『集合とはなにか』講談社ブルーバックス(2001年)

 名著の誉れ高いが、御多分に洩れず私も長い間、積ん読状態。そのうち何処にか消えてしまった。新装版を買い直し、どうせ読むならしっかり読もうと、件の中学生と1頁づつ読んでいる。

 そうしたら、あろうことか、最初の山場、「カントールの対角線論法」の箇所に間違い、ないし誤植(と思われるもの)があった。

 p.75、には以下のような、対角線表が掲載されている。

             A1     A2       A3     A4

  1  1∈A1  1∈A2   1∈A3   1∈A4

    2  2∈A2  2∈A2   2∈A3   2∈A4

    3  3∈A3  3∈A3   3∈A3   3∈A4

  ・・      ・・      ・・             ・・           ・・

 第A1列の、第2、3行、および第A2列の、第3行を見て戴きたい。
 これは、以下のようでなければならないのではないか。

  1  1∈A1  1∈A2   1∈A3   1∈A4

    2  2∈A1  2∈A2   2∈A3   2∈A4

    3  3∈A1  3∈A2   3∈A3   3∈A4

  ・・      ・・      ・・             ・・           ・・

 ここで、Aは正の自然数の集合、P(A)はその積集合、A1はP(A)の1番目の部分集合、A2はP(A)の2番目の部分集合、・・、である。

 これほど大事なところで、これほど初歩的なミス(・プリント)があるなどとは信じ難いので、この表を写しながら、(「あれ、変だな?」)と思って いると、件の中学生が先の箇所をおかしいのではないか、とやはり指摘してくれた。そこで、気を落ち着けて考えてみると、やはりおかしいものはおかしい。

 以上である。

  当方に素人考えの間違いがないとは言えないが、ま、とにかく変だと思うので、こちらに備忘録として記しておく。もし御助言など戴ける方がおいでなら、よろしくお願いしたい。

【注】この本、初版は1976年。いま手許にあるのが、新装版第6刷(2007年)である。

※この連載記事は完結している。シリーズは下記。
あのぉー、まちがってる(みたいな)んですけど・・(2)
あのぉー、まちがってる(みたいな)んですけど・・(3)
あのぉー、まちがってる(みたいな)んですけど・・(4)
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コメント

かがみさん、どうも。

>これは違います。

いや、まったく。

 ハ) n∈B ⇔ n∉ An

これが言えないと、矛盾が導出できないので、

>>A1に、1が入っていないことにしましょう。
>>A2に、2が入っていないことにしましょう。
>>A3に、3が入っていないことにしましょう。

上記は、まちがい、でした。


>たしかに元の本の「対角線」の図は意図通りでないかも知れませんが、
>下記引用文の理解が重要であり図の部分は本質でありません。

数学としては、という限定条件つきで、全く同感です。
であれば、なおさら、修正するか、削除すべきでしょう。
残しておくことは、意味がなく、合理的でもありません。

>そういう意味でこの件に関しそれほど問題にする必要はないと考えます。

これは、私は意見を異にします。

数学上の価値と、著作上の価値は違います。

竹内氏の本書が、専門家向けの専門書であるならば、
trivialで本質的でない箇所のおかしさは、たとえ
あっても有害ではありません。

なぜなら、読者(=専門家)は、それをtrivialと評価でき、
無視しても、さして影響ないと判断できるからです。

今回、そのtrivialnessをすぐ見抜いた、t_naka氏や
かがみさんがいい例です。お二人とも、私と違って
数学にズブの素人ではありません。

一方、大家や専門家が一般読者向けに書いた入門書、啓蒙書
の場合は、読者はその部分をneglectしてよいものかどうか、
大抵は評価できません。今回の私もそうです。こうやって、
大騒ぎしてその結果、「おおそうか。trivialな部分だから、
気にしないでよいのだな。」と得心できるのです。

竹内氏の本書は、高い評価を受けてきました。これからも
長い生命を持つでしょう。だとすると、これから現われるであろう
後の世代の読者のためにtrivialな不合理をもっていてはいけない。

この箇所を通過するたびに、何千人かの読者のなかには、
釈然としない思いで通り過ぎる人もあるでしょう。彼女や彼は、近くに
相談できる人がいないかも知れません。小学校高学年や中学生の
理系数学少女少年がいるとして、彼女や彼が読むとしたら、大抵は
その周囲に気楽に聞ける人はいないでしょう。そういう読者のために
せめて大家の書いたものは完璧でなくてはならないと思います。

完璧を目指したとしても、最初から完璧でなくとも結構です。
しかし、30年も経過したなら、ブラッシュアップして、完璧に
なってなくてはいけません。

それが、著者、および出版社の未来世代に対する責任です。
つまり、著作家の、歴史に対する責任なのです。

今回のことなど、それほど目くじらたてることでは
ありません。私もだんだんアホらしくなってきました。

しかし、大事な著作であればあるほど、より広い読者を
予想し得る本であればあるほど、trivialな問題は、
ビギナーの読者を迷わせ、その著作としての価値を減じます。
そこは、数学内容としてではなく、著作として
問題にすべきだと私は判断します。

その点で、(引用書名に間違いのある)Max Weber でも、
(当然の文献を参照していない)折原浩氏や羽入辰郎氏でも、
(翻訳底本の誤記を放置する)みすず書房でも、
そして、今回の竹内外史氏、講談社でも、
著作家責任として無差別です。

投稿: renqing | 2008年5月27日 (火) 02時33分

(ここから引用)
A1に、1が入っていないことにしましょう。
A2に、2が入っていないことにしましょう。
A3に、3が入っていないことにしましょう。
(ここまで引用)

これは違います。一般の自然数 n に対して n ∈ A_n か n ∉ A_n 不明ですが、集合 B={n: n は自然数で n ∉ A_n} を考えることはできます。そして B はいずれかの A_n に等しいはずなので、B=A_m とすると m ∈ B としても m ∉ B としても矛盾ということです。要するに下記引用部分が一番重要なのです。
一般に数学において「図による説明」は補助的なものです。すべてを文章なり式 (うるさく言えば原理的に論理式に還元できる文章なり式) で表現するのが重要であり、特に集合論ではそのような考えが大切です。
たしかに元の本の「対角線」の図は意図通りでないかも知れませんが、下記引用文の理解が重要であり図の部分は本質でありません。そういう意味でこの件に関しそれほど問題にする必要はないと考えます。

(ここから「あのぉー、まちがってる(みたいな)んですけど・・(2)」からの抜粋です)
...
今、上のA1、A2、A3、・・・という列がこの二つの条件をみたしているとします。このときAの部分集合Bを次の手続きで作るとします。

 1∉ A1ならば1をBのなかに入れる
 1∈A1ならば1はBに入れない
...
 ハ)n∈B ⇔ n∉ An
...
 B=Am

が成立したとします。上のハ)のnにmを代入しますと、

 m∈B ⇔ m∉ Am

がえられます。ところでB=Amですから、

 m∈Am ⇔ m∉ Am

が得られて矛盾が出ました。
(引用終わり)

投稿: かがみ | 2008年5月26日 (月) 16時47分

どーも。今、気付いたので、一言。

>P(A)が「べき集合」だとすると、
>該当の本のP75に書かれているのは、
>A1={1},A2={1,2},A3={1,2,3},A4={1,2,3,4},
>…,An={1,2,3,4,…,n}
>という風に読めますね。
>「べき集合」というのは{2},{3},…や{2,3},
>{3,4},…、なども含むので、「A1はP(A)
>の1番目の部分集合、A2はP(A)の2番目
>の部分集合、・・、」というのは何だか
>変な気がしますが。。

贅言ではありますが、T_NAKAさんが、5/22(木)に書かれた上記コメントは、ちと違います。私の説明不足をもとに、T_NAKAさんが私の考えをあえて忖度して戴いた結果なので、もうどうでもよいといえばよいのですが、ログをご覧になる方に新たな誤解を与えてもいけないので、書いておく次第です。

要するに、A1、A2、A3、A4、・・・というのは、P(A)の元に一つずつ自然数で付番したものに過ぎません。ですから、自然数全体の集合の、なんらかの部分集合でありさえすれば、その集合の要素は何でもOKです。したがって、

>A1={1},A2={1,2},A3={1,2,3},A4={1,2,3,4},
>…,An={1,2,3,4,…,n}
>という風に読めますね。

とも読めますが、別にそうでなくともよいのです。この論法で要請されているのは、

A1に、1が入っていないことにしましょう。
A2に、2が入っていないことにしましょう。
A3に、3が入っていないことにしましょう。

というだけです。

ついでに。T_NAKAさん、かがみさん、いろいろご指摘ありがとうございました。おかげで、私が本書で何をおかしいと感じたのががクリアになりました。公表してはみるものだと改めて感じました。

それにしても、表がおかしくないなら、おかしくないと、ブルーバックス編集部から返事があってもよさそうなものですが・・・。著者竹内氏は、たしか今年で82歳になられる由。まさか、著者に確認しているとは思えないのですけど。この程度のことは編集部の責任で決着してよいのでは、と思う今日この頃です。

投稿: renqing | 2008年5月26日 (月) 01時56分

かぐら川さん、どうも。

こういうのは、担当編集者の職業人としての見識、矜持の問題でしょう。著者との連帯責任です。

投稿: renqing | 2008年5月23日 (金) 04時23分

確かに本文の対角線をそのまま解釈すると、すべての n に対し A_n = A が成り立ってしまう気がします。

通常は f: A → P(A) を上への関数と仮定したとき、X={n: n は f(n) の要素でない} という集合を考えて矛盾を導きます。

実際仮定 (f が上への関数) により f(n) = X を満たす A の要素 n が存在しますが、n が X の要素であると仮定すると X の定義により n は f(n)=X の要素でなくなり矛盾です。
逆に n が X の要素でないと仮定すると、再び X の定義により n は f(n) の要素となり、従って X の要素となり矛盾です。
従って条件を満たす上への関数 f は存在しえません。

管理人さんをさしおきぐだぐた書いて申しわけございませんでした。

投稿: かがみ | 2008年5月22日 (木) 16時58分

かがみさん、ありがとうございます。

P(A)が「べき集合」だとすると、該当の本のP75に書かれているのは、
A1={1},A2={1,2},A3={1,2,3},A4={1,2,3,4},…,An={1,2,3,4,…,n}
という風に読めますね。
「べき集合」というのは{2},{3},…や{2,3},{3,4},…、なども含むので、「A1はP(A)の1番目の部分集合、A2はP(A)の2番目の部分集合、・・、」というのは何だか変な気がしますが。。

さて、renqingさんが書き直された表から考えると、
A1=A2=A3=…={1,2,3,4,…}
となってしまうので、「対角線論法」が使えるのかな?という疑問があります。

投稿: T_NAKA | 2008年5月22日 (木) 16時14分

こんにちは、リンク先の鏡と申します。この場合の「積集合」は A の部分集合全体からなる集合 P(A) の意味です。ただしこれを「積集合」と呼ぶことは少なく、P(A) は「べき集合 (冪集合、巾集合)」と呼ばれる場合がほとんどです。
積集合という言葉は、通常、 A, B を集合としたとき A x B = { (x,y) : x は A の要素で y は B の要素} を表す場合に使われます。

投稿: かがみ | 2008年5月22日 (木) 13時33分

ご無沙汰しております。

ちょっと質問していいですか?

「P(A)はその積集合」ということなんですが、「積集合」の意味が良く分からないのです。

次のページの「2005年10月5日(水)」に
http://evariste.jp/kagami/diary/0000/200510.html
「 積集合という呼び方 」というのがあるんですが、どの意味で「積集合」という言葉が使われているのでしょうか?

投稿: T_NAKA | 2008年5月22日 (木) 11時07分

 信じられない誤植は、私の手元にあるハルキ文庫の『室生犀星詩集』の「年譜」にもあります。
“一九二七(昭和二)年 一月、幸徳秋水を囲む「二日会」に出席”〔?!〕
 室生犀星が、幸徳秋水となんのつながりがあるというのでしょうか。なにこれは徳田秋声と幸徳秋水を、学のある人が取り違えてしまったのです。おそろしいことです。徳田秋声と徳田秋江を間違えるのと、わけがちがいます。

投稿: かぐら川 | 2008年5月22日 (木) 01時20分

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