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2008年6月14日 (土)

日本思想の通史として(ver.2)

 己が普段の生活の中で志向し、無意識に呼吸して脳細胞を満たしている思想というものを見直すことは難しい。しかし、時折そういう精神のオーバーホールをする必要は誰にでもあろう。そんなときは、歴史に徴してみるに若(し)くはない。それも長いスパンで概観を与えてくれるものがありがたい。

 ただし、一気に読めるものがいい。どれほど詳細でも、単なる事実の羅列は、読み手を歴史の迷宮へと向かわせるだけだ。それならばいっそ、枝葉を捨てて、本質に直入せざるを得ない類の物理的軽さのほうが好ましい。なにしろ読むこと自体が目的ではなく、己の頭脳の分解掃除用の道具として、使わせてもらうのが狙いだから。その意味からすれば、しっかりとした著者独自の図式(シェーマ)のあるほうが実は役に立つ。

 ただこういう願いは、そう簡単には叶えられない。それでも、あえて挙げるなら、とりあえず、下記の三点か。

1)小西甚一『日本文学史』講談社学術文庫(1993、元本は1953)

 「雅」と「俗」というシェーマで、二千年近くにおよぶ日本文芸史を切り取った名著である。古代、中世に厚く、近世近代に薄い。それでも、中国、西洋にも配慮の眼が届いておりその比較心性史的切り口は見事だ。文芸の世界では、徳川期においてさえ、「雅」優位の中世的心性が継続していたとの指摘には、少々驚いた。なにしろ、私の徳川イメージの源泉は、石川淳「江戸人の発想法について」(1943)である。空海のシナ詩論書の研究である、『文鏡秘府論考』で日本学士院賞を贈られているところからして、おそらく古代から中世初期に本領がある著者は、いわば古典主義者の眼差しで徳川近世を見ているのだろう。一方、Andre Gide の翻訳を出世作とするバリバリの“modernist”石川淳は、modernity の視点から後期江戸、就中、天明狂歌を発見しているのだ。ここに同じく、「俳諧」をキーワードとしながら、全く対照的な江戸評価をする二人のズレの根源がある。
 ま、それはどうであれ、読んで知的に楽しくなる必読書。ただし、なにぶん、旧い本なので索引なし。索引があればより益多い本。読み込んで、自分の頭脳メモリーでランダムアクセスするしかない。

2)末木文美士『日本宗教史』岩波新書(2006)

 日本仏教史の専門家の手になる日本宗教思想史。仏教という外来宗教のインパクト、および土着化が、いかに列島における精神のドラマを作ったかがよくわかる。古代、中世を専門にする著者ではあるが、近世近代にも応分の頁を割き、概説書として均衡が取れている。新書としては、しっかりとした索引つきで著者の見識を感じさせる。必読。

3)尾藤正英『日本文化の歴史』岩波新書(2000))

 内容については過去記事でも論じたことがあるので、それを参照されたい。著者が徳川思想史の専門家であるので、若干そこに厚いが、古代、中世にも興味深い記述が多い。和辻哲郎の「祀る神」論や、御霊思想からではなく人が神として祀られたのが秀吉の豊国大明神を嚆矢とする、などということはこの書から知った。興味深い記述が多いにも関わらず、索引がないため、ちょっと使い勝手がよくないか。推奨。

 期せずして、三書とも本覚思想や道元などに目配りしている。そのうち、三書をダシに排仏思想の系譜を記事にするか。

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コメント

かぐら川さん、ありがとうございます。

 拙記事が何かのお役に立つなら幸いです。

投稿: renqing | 2008年6月14日 (土) 11時25分

 700回おめでとうございます。
 ある必要からこのような手頃な本をさがしていました。どの本も書店でページを繰ったことのある本ですが、有縁の書にはなりませんでした。あらためて手にとってみます。

投稿: かぐら川 | 2008年6月14日 (土) 08時35分

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