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2008年6月 5日 (木)

「法の支配 rule of law 」考

 「法の支配 rule of law 」とは、

「統治される者だけでなく統治する者も、(統治者が定めた〈法律〉ではなく)統治者と被統治者の上にある〈法〉に従うべきであるという観念」*

であり、歴史的には

「〈法律〉から区別される〈法〉は、自律的諸権力から成る政治社会を法共同体として存立させた法、自律的諸権力がそれぞれ自己の実力によって実現する権利の総和としての伝統的な法にほかならなかった。」*

 以上を、一般論ではなく具体的な歴史的文脈、特にイングランドの史的文脈で語ると以下のようになる。

「 「法の支配」はもともと中世イングランドにおける国王裁判所の発達から生まれた観念である。ノルマン征服王朝は、地方勢力を掌握するための手段とし て、一連の裁判所を設立した。後にコモン・ロー裁判所と呼ばれるこれらの裁判所で次第に蓄積した判決は、英米法特有の判例法主義(コモン・ロー)確立の土 壌となった。
 「法の支配」に関するもっとも有名な逸話は、プロローグにもあるように、王権神授説の信奉者ジェームズ1世に対してコモン・ロー裁判所長官クックが「国 王といえども神と法の下にあり」と諌めたという話であるが、これは具体的にはコモン・ロー裁判所の発する禁止令状を国王が破ろうとしたことから生じた。 「法の支配」は、王権のブレーキ役にまで発達したコモン・ロー裁判所をよりどころとして確立した原理なのである。このように、もともと「法の支配」はすぐ れて中世的価値である「コモン・ロー裁判所(判例)の支配」を意味したのである。」**

 この二つの記述は、同じくヨーロッパを対象としながら、大陸ヨーロッパと連合王国の「法の支配」確立のプロセスに、見過ごせない違いがあることを我々に示唆する。これには、それぞれの王権の性格、王対貴族の対立・抗争と提携関係の異質性が関連しそうなので、別の機会に考察を試みることにする。

*岩波哲学・思想事典(1998)、「法の支配」村上淳一筆
 おそらく、邦語文献で最も見通しのよい簡潔な「法の支配」の解説はこれであろう。

**勝田有恒/森征一/山内進編著『概説 西洋法制史』ミネルヴァ書房(2004)、p.305
 西洋法に関する本として、コンパクトかつ広範囲に概説がなされていて梗概を得るのにきわめて便利。

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