「冷戦」は終結した ― 米国における「銀行国有化」(20180619追記)
ベルリンの壁の崩壊(1989年)からほぼ20年。自由主義とは何の関連もない市場原理主義というイデオロギーで突っ走っていた米国で、財務省が金融機関から議決権のない優先株を、計2500億ドル(約25兆円)で買い取ることが決まった。
日本の新聞は体裁を繕い、「資本注入」と称しているが、なんのことはない、掛け値なしの銀行の国有化に過ぎない。一昔なら、「社会主義」政策と呼ばれるべきものだ。
政治上での冷戦の終結は、ソ連が歴史から消え去り、一方の冷戦当事者、米国のみ残ることで決着した。しかし、「市場」対「国家」というイデオロギー上の冷戦は、社会のさまざまな局面で継続していた。そして、「市場」機構の先端を行っている(はずだった)米金融市場において、レフェリー役の政府が、プレー ヤー(資本家)として登場し、銀行の大株主となった。また驚くなかれ、この一方で連銀が事業会社に直接貸し出しをしている。かつての日本を見るような国策金融であ る。
ここに来て、「市場」対「国家」という虚ろなイデオロギー上の冷戦も終結したと言える。ただし、「市場」の崩壊、という結末によって。
我々は今、改めて「国家(権力)」を、政治闘争という一面からだけでなく、「公共性」からも再考せざるを得ない歴史的局面に立たされている、と考えるべきだろう。
このことはまた、「市場」それ自体はなんら「公共性」を生み出すことができないこと、「市場」が、政治過程から供給される「公共性」というプラットフォームの上でしか、その機能を発揮できないことを、自らの破綻で証明したということも意味している。
「安定的統治秩序」 は、政治過程からのみ供給され、その「舞台」の上でしか、「市場」はその美点を発揮できないのである。市場原理主義なるイデオロギーが、自由主義という統治秩序の形成に関わる思想とはダイレクトにつながらないことは明白と言える。(20180619追記)
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コメント
松本さん、どうも。
このさき、いったいどのような未来が我々を待っているのか、予断をゆるしませんが、暴走し勝ちな資本主義を、社会の側に再び埋め戻す(reembed)過程は避けられないでしょう。
投稿: renqing | 2008年10月19日 (日) 10時55分
> なんのことはない、掛け値なしの銀行の国有化に過ぎない。一昔なら、「社会主義」政策と呼ばれるべきものだ。
あるいは、これからは「近世回帰的」とか呼ぶべきなのかもしれません。資本主義がテイクオフして空を飛んだ、近代の500年が例外的に長続きした好況期だったので、それが終われば、また市場と国家が未分化な近世に着陸〜ソフトかハードかは分かりませんが〜でしょう。
投稿: 松本和志 | 2008年10月15日 (水) 08時53分