« 溝口・池田・小島『中国思想史』東京大学出版会(2007年)(2) | トップページ | CARL SCHMITT, Der Nomos der Erde (1950) 、より »

2008年12月25日 (木)

与謝野晶子「何故の出兵か」(1918年)

 私は遺憾ながら或程度の軍備保存はやむをえないことだと思います。国内の秩序を衛(まも)るために巡査の必要があるように、国際の平和と通商上の利権とを自衛するために国家としては軍備を或程度まで必要とします。これは決して永久のことでなく、列国が同時に軍備を撤廃し得る事情に達する日までの必要において変則的に保存されるばかりです。その「或程度」というのはあくまでも「自衛」の範囲を越えないことを意味します。それを越ゆれば軍国主義や侵略主義のための軍備に堕落することになります。私は日本の軍備が夙(つと)にこの程度を甚だしく越えていることを恐ろしく思っております。

 これは、シベリヤ出兵が政治問題となった大正7年の、与謝野晶子の新聞に寄稿したごく短い政治評論の一節である。晶子の、単なる心情倫理的吐露とは無縁の、政治的怜悧さを遺憾なく発揮してるエッセイだといえる。そして、この卓抜なる文を晶子は以下のように締めくくる。

 西比利亜出兵は恐らく独軍と接戦することはないでしょうから、殺人行為を繁くするには到らないでしょうが、無意義な出兵のために、露人を初め米 国から(後には英仏からも)日本の領土的野心を猜疑(さいぎ)され、嫉視され、その上数年にわたって撤兵することが出来ずに、戦費のために再び莫大の外債 を負い、戦後にわたって今に幾倍する国内の生活難を激成するならば、積極的自衛策どころか、かえって国民を自滅の危殆(きたい)に陥らしめる結果となるで しょう。
 以上は紙数の制限のために甚だ簡略な説明になりましたが、この理由から私は出兵に対してあくまでも反対しようと思っております。(一九一八年三月)」

 是非、下記の青空文庫に掲載のものに目を通して戴きたい。

 私は、晶子の「言葉の力」に励まされた。さきの漱石のエッセイといい、大正期の知的可能性を再評価する必要を痛感する。

与謝野晶子「何故の出兵か」

〔注〕晶子のこの文は、下記の山内進氏の論文から教えられた。これ自体も優れた論考なので、別の機会に論じてみたい。

山内進「福田徳三の国際政治思想」

|

« 溝口・池田・小島『中国思想史』東京大学出版会(2007年)(2) | トップページ | CARL SCHMITT, Der Nomos der Erde (1950) 、より »

夏目漱石」カテゴリの記事

大正」カテゴリの記事

戦争」カテゴリの記事

コメント

所詮、軍人も現代の言葉で言えば、公務員ですから。

敗戦時の、陸軍俸給表をみると、将官クラスだと、佐官クラスの1.5倍から2倍の報酬です。ま、大将ならざっと月俸あたり200万円の感覚でしょうか。それで「戦争手当」が、0.5か月分くらいでるのだったら、戦争したくてたまらなくなるでしょう。軍の予算書を見たことがないので、憶測ですが、陸軍などの予算の大部分は、人件費で喰われていて、装備などには回ってなかったのではないでしょうか。それなら、近代戦に勝てる道理がありません。

ちなみに、先の外務省の健康管理休暇ですが、これは本省だけでなく、その傘下の機関である様々な、ODAがらみの組織はみなその制度を踏襲しているようです。

日本は戦前から、公務員天国なわけでありますね。

投稿: renqing | 2009年1月10日 (土) 12時47分

>戦争に派遣されると、基本給の20~50%の増給
そうなんですか?最近よく批判される外務省の在外勤務手当のようですね。欧米以外の途上国に派遣された場合は、健康管理休暇というのもあって、ヨーロッパで休暇を過ごすことが出来るそうで、うらやましいなと思いました。

投稿: あじあちっく | 2009年1月 9日 (金) 09時25分

そうですね。元来、日露協商の発想は、ロシアと友好親善をしようなどというものではなく、極東における balance of power の発想なので、一方の power が脱落したわけですから、その力の空白域を自分たちで埋めよう、あわよくば、火事場泥棒ぐらいの稼ぎをしようとさもしい魂胆でした。

投稿: renqing | 2009年1月 9日 (金) 00時37分

あと、山県を中心となって構想していた日露協商がロシア革命によって挫折したことと、それへの反動という側面も見のがせないでしょう。

投稿: まつもと | 2009年1月 7日 (水) 19時28分

あじあちっくさん、こちらこそよろしくお願いします。

>今の言葉でいう軍産複合体の論理に引きずられて出兵した最初の出来事

なるほど。それは面白い視角ですね。私も当時の軍需産業について詳らかにしていないので、ご指摘の当不当を判断できないのですが、その線はありうると思います。

より露骨には、帝国陸軍では、戦争に派遣されると、基本給の20~50%の増給がありましたから、戦争があればあるほど、彼らの懐が暖かくなる、ということも、モチベーションとして働いていたと思われますね。今の物価に直すと、佐官級で百万円前後の月額報酬と思われますので、相当の増給だったはずです。

投稿: renqing | 2009年1月 7日 (水) 01時12分

今年もよろしくお願いします。
いつも面白い記事を興味深く読ませてもらってます。たしか以前読んだ、石光真清の『誰のために』に、シベリア出兵当時の陸軍上層部の方向性が定まってなかったと書かれていたと記憶していますが、シベリア出兵は、明治期のナショナリズム高揚と日露戦争によって、自衛レベルを超える軍備を持ってしまった日本が、今の言葉でいう軍産複合体の論理に引きずられて出兵した最初の出来事というように思うのですがどうでしょうか?

投稿: あじあちっく | 2009年1月 6日 (火) 08時28分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104369/43522747

この記事へのトラックバック一覧です: 与謝野晶子「何故の出兵か」(1918年):

« 溝口・池田・小島『中国思想史』東京大学出版会(2007年)(2) | トップページ | CARL SCHMITT, Der Nomos der Erde (1950) 、より »