溝口・池田・小島『中国思想史』東京大学出版会(2007年)(1)
書名は「思想史」となっているが、斬新かつ卓抜な中国通史、と言ってよい。
では、どこが、か。
アカデミズムから生み出されたにも関わらず(?)、一貫して、中国の歴史に内在的視点から記述しようと試みている点が、である。そんなことは当たり前ではないか、と訝る諸氏もおられよう。中国の歴史を描くのに中国に内在しなくてどうするのか、と。
ところが話はそれほど簡単ではない。注意深い読者なら既にお気づきであろう。そもそもアカデミズムという語や概念、ユニバーシティの訳語としての大学(朱子学からの流用)という制度や思想そのものが、明治期日本で西洋から導入されたものであり、そこから語り出されたありとあらゆるものには、西洋の母斑がどうしてもついてまわるのである。
したがって、中国史(または日本史)を語っているにもかかわらず、無意識裡に西洋史を参照枠として記述してしまうケースが圧倒的なのだ。というか、それが当たり前であった。そうでなければ、アカデミックな著述や論文とは承認されなかったからである。大学の各専攻における学問方法論(どう考え、どう理解し、どう記述するか)そのものが、西洋のアカデミズムで案出されたものなのだから、それは避けがたかった。
だいたい「思想史」「哲学史」といった類の、知的営為を史的に回顧し、著述者の立場から総括する「学問史」的なジャンルそのものが、西洋の内部においてさえ、啓蒙期後半に現れた18世紀終わりのドイツ・アカデミシャンたち(具体的にはカント)の創出になるものなどとも考えられるので、「~史」といえば、既に「ドイツ・イデオロギー」(?)に浸潤されているかも知れないのだ。
ということで、本書の具体的内容には全く入らず、前置きばかりが長くなってしまった。この点は続編に書き継ぐこととする。
溝口雄三・池田知久・小島毅著『中国思想史』東京大学出版会(2007年)
主要目次
第一章 秦漢帝国による天下統一
一 天人相関と自然
二 天下のなかの人間
三 国家の体制をめぐって
四 儒教国教化と道教・仏教
第二章 唐宋の変革
一 新しい経学
二 君主像の変化
三 政治秩序の源泉
四 心をめぐる教説
五 秩序の構想
第三章 転換期としての明末清初期
一 政治観の転換
二 新しい田制論と封建論
三 社会秩序観の転換
四 人間観・文学観の変化
五 三教合一に見る歴史性
第四章 激動の清末民国初期
一 清末の地方「自治」
二 西欧近代思想の受容と変革
三 伝統のなかの中国革命
四 現代中国と儒教
あとがき
ブックガイド
人物生卒一覧
事項索引
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