統治における「であることlegitimacy」と「することvalidity」
ウェーバー(Max Weber)は、支配の正統性 legitimacy を俎上に載せ、その類型学を作った。しかし、支配、あるいは国家統治においては、その支配者の筋目、血統、出自の正しさ(「誰が」)のみが問われるのではない。その国家統治の妥当性 validity (「何を」)も、被治者によって常に問われている。
現代の統治機構は、民主的な手続き(投票、選挙、議会、など)の有無が、支配の正統性の根拠になっており、なかでも定期的に行なわれる選挙が、その「誰が」=legitimacy と、「何を」=validity を、同時に弁証する仕組みになっている。
では、現代のような民主的手続きを制度的に組み込んだ統治機構を持たない国家や過去の時代では、その支配の正統性と妥当性は問われないのだろうか。
いや、そんなことはない。なぜかといえば、古今東西、支配者や王朝の交替のなかった時代や土地は、この地球上に存在した例(ためし)がないからだ。
新しい権力者は自らの legitimacy を高らかに宣言するし、現支配者の統治の validity に問題があれば、農民だって反乱を起こす。
では、我が列島史における、徳川期はどうだろうか。かつては、それを「封建」時代といって訝しむ者などあまりいなかった。その理由としては、明治コンスティテューションの統治下において、徳川は封建の世であり、親の敵であるという歴史観を、義務教育というチャンネルを通じて、被治者たちに植えつけたことが、まず大きい。それに、徳川期が約270年続いたという史実が、その間、王朝の交替などの legitimacy 変更がない以上、当然「前近代」であり、生まれや身分のみによって統治が行なわれていた「封建制」なのだ、という見方を、自然なものとさせてきたことも見逃せないだろう。
しかし、その支配、権力、統治の何らかの「正しさ」が、270年間も問われないでいる国家などありうるのだろうか。逆にいえば、270年間、徳川氏という特定の「王朝」の国家統治を可能とした「正しさ」の検証が、何らかの形で不断にあった、と見るほうが合理的ではないだろうか。
徳川氏の約270年間、 legitimacy の変更は実は二度あった。徳川氏が支配者についたときと、支配者から追放されたときである。秀吉から家康の変更は、「元和偃武」によって正当化され、その後の徳川氏の一姓支配を正統化した。徳川慶喜から睦仁(むつひと)帝への変更は、時代の変化によって徳川統治の validity に動揺が生じており、18世紀末を前後として普及する「皇国」観が徳川氏の legitimacy に疑義を生じさせていたことを背景として、一部の倒幕派勢力が、一気に統治の legitimacy を京都にいた帝に変更することに成功したものだ。
このように考えると、徳川氏270年間の統治は、正統性 legitimacy 以外の、別の「正しさ」によって弁証されてきたと考えたほうが素直だろう。すなわち、統治の妥当性 validity である。
しかし、議会制度もない徳川期に、統治の妥当性 validity を問う仕組みなどあるのだろうか。それが、平川新の指摘する「世論政治としての江戸時代」ということなのだ。現代人は、投票や選挙などの、被治者による統治の正統性 legitimacy の信認のみが、統治における「正しさ」の検証なのだと思い込まされいる。しかし、「前近代」国家においてさえも、被治者によって統治の妥当性 validity は、絶えず監視され、時には反抗さえされる、というのは考えれば当たり前のことだろう。だから、ある王朝、ある特定の支配勢力による統治が長期間存続していたとしたら、それは被治者からみた統治の妥当性 validity 基準という篩(ふるい)を潜り抜ける仕組みや統治者側の努力があったから、とまず仮説してみるべきなのである。
その意味では、歴史研究における理論的道具立ての未整備が、「前近代」の国家や社会の研究を歪ませてきたと言えるだろうし、現代を相手にする社会科学の理論家たちが、歴史を対象とした実証研究を怠ってきたつけなのだろうと思う。
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