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2009年1月31日 (土)

「源氏物語」ナショナリズム

 「国民国家」成立以前において、「国民」なるものは無かった。あるのは、大抵どこの国でも、二つの集団、貴族層と庶民層である。

 それは統治者と被治者、税を取る側と取られる側というだけではない。前者は文化と言葉の独占を通じて、人々の想像力の世界の生産・享受をも制御し、究極的 には被治者の頭の中をも支配していた。有体に言って、一つの社会に、現世と来世の栄光を独占する側と、その外にいて、光輝を遠くから望見する側、の二つの人間集団がいたということである。国家の栄光を担うのは前者のみであるわけだから、庶民が自らを~人などと感じようがなかった。

 列島の歴史において徳川期が特異なのは、「前近代」と見なされているにも関わらず、この二つの人間集団の境界が溶解し出していることだろう。それは徳川前期の高度経済成長がもたらしたものだった。その象徴が、印刷(printing)から出版(publishing)への移行、特にその爆発的成長であ る。

 それまで、貴族間の写本として流通し、名のみ高かった様々な古典が、マーケットの拡大によって、出版(publishing)化可能となり、徳川中期あたりから庶民層にその享受が普及し始める。「我々の古典」としての「源氏物語」の誕生である。現代において、高校古典として読み継がれている古典はほぼすべて、この徳川期に出版物として再生した作品と言ってよかろう。この「源氏」や、一大ブームを起こした「徒然草」などはその象徴である。

 この仕掛け人の1人が、夥(おびただ)しい古典注釈書を著した北村季吟(1624-1705)である。特に、『源氏物語湖月抄』には、注釈だけでなく、本文テキストも合わせ掲載することで、著しく「源氏物語」の享受層を拡大するに力があった。明治期、列島史上始めて「源氏」を現代語訳した与謝野晶子が、少女時代から慣れ親しんだのもこの『源氏物語湖月抄』であった。

 改めて徳川期における「国民」化のプロセスを丁寧にトレースする必要性を感じる。

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コメント

わどさん、コメントありがとうございます。

>> 「国民国家」成立以前において、「国民」なるものは無かった。

>は、これでいいんですか? 後を読んで、お書きになった意味は了解できたのですが・・・。

少なくとも、nation の訳語としての「国民」は、明治に出来上がるものですから、いいと思います。

ただし、徳川国家は、実質的に、庶民層(=被治者たち)が「国民」化しだしている、というのが私の仮説です。他にもそう言っている方はいると思いますが。それは、徳川国家が、身分制国家というよりも、職分国家(石井紫郎)であり、「役の体系」(尾藤正英)で出来上がっていることからの論理的帰結だと考えます。

投稿: renqing | 2009年2月 2日 (月) 02時36分

江戸、面白そうですねー。だけど文頭

> 「国民国家」成立以前において、「国民」なるものは無かった。

は、これでいいんですか? 後を読んで、お書きになった意味は了解できたのですが・・・。

投稿: わど | 2009年1月31日 (土) 14時14分

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