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2009年3月21日 (土)

所得と雇用の分離 - 大恐慌への決め手

 現在、急激に日本経済が縮小している。特に、輸出の減少が著しい。その象徴が北米市場における日本車各社の急減である。昨年末から今年にかけて、軒並み、売り上げ半減となっている。

参照→「米大恐慌」と「現在の日本」の相違点と類似点(松岡幹裕氏)

 そのため、慌てふためく日本企業は一斉に労働者の首切りへと走っている。労働者の首切りは、ミクロの一企業だけが動くなら合理的だが、それが日本経済全体の動きだとすると、雇用減が労働者全体の所得を減らし、それが最終需要の消費を減らし、デフレギャップを拡大し、ますます日本経済全体を縮小させてしまう。いわゆるデフレスパイラルである。

 では、政策的てこ入れで雇用を増やせばよいのか。しかし、雇用を増やせば、それはなんらかの財・サービスの供給拡大を意味し、究極的には再びデフレギャップの拡大に貢献せざるを得ない。

 現今の急激なデフレギャップの膨張に必要な対策は、需要ないし消費のみの拡大である。つまり、生産は増やさずに、消費だけ増やす法ということになろう。すなわち、所得と雇用をどうにかして分離すること、これが究極的なデフレギャップの縮小策である。

 にもかかわらず、21世紀に入ってから、小泉政権以下、実質的に、賃金切り下げ(派遣労働の自由化)、所得分配の不平等化(定額減税の廃止)を実施し、デフレギャップを拡大する政策を推進してきた。国内消費が伸びないなら、日本企業が輸出に懸命になるのは自然の理であり、中でも北米市場に依存する割合は高くなるばかりだった。

 ここにおいて、北米市場の崩壊が勃発し、デフレギャップを持っていく先がなくなってしまった。現今の日本経済の急降下の縮小は、ついに来るべきものが来た、というだけな訳だ。

 しかし、所得と雇用を分離などできるのだろうか。

 それを実現させる一つの手法が、基礎所得保障、つまりベーシック・インカムである。実は、現在の政策体系においても、雇用に基づかない所得の仕組みはいくらでもある。失業手当、生活保護、各種の所得補助などは皆、所得と雇用(労働)の分離と言ってよい。年金はいかにも長年稼いできた労働者が自分の老後に備えたもののように見えるから、労働=所得の制度に思い込んでしまうが、今では公的年金財政収支においてその過半を国家予算からの繰り入れに仰いでいるわけだから、ここにおいても既に所得と雇用(労働)の分離はかなり亢進しているのである。すると、従来の所得保障的な制度を一括して、ベーシックインカムに置き換えることはそれほど無理なことではない。

 国民一人当たり、月10万円程度(年額120万円)だとし、すべての国民に無条件で支給するなら、年度予算として、120万円×1億3千万人=156兆円、となる。現在の国家予算規模を80兆円程度と見積もると、その2倍となる。

 これではいかにも予算が膨張しているように見えるが、これは中央政府のみの予算であるから、地方政府の所得補助の施策も込みで統合することも考えれば、ある程度は想定可能になろう。また、これを昨今話題の政府紙幣で支給するなら、可能性はひろがるはずだ。

 注意すべきは、ベーシック・インカムは単なる恐慌対策なのではなく、実は、市民権という政治上の権利の一部なのだということである。この点について再論の必要があろう。

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