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2009年9月 3日 (木)

20090830総選挙、雑感

 政権交代が実現した。1994年に小選挙区比例代表並立制が導入されてから初めてだ。この制度、趣旨としては二大政党制による政権交替をめざしたものなのだから、今回ようやくそれが機能し出したことになる。導入から15年かかったが、マクロの制度がワーキングするということは、こういった長期で効果が現われてくるものだといえる。

 9月16日にも「鳩山内閣」が誕生する。この日は、21世紀にこの列島に生きる我々にとって、良かれ悪しかれ、「権力の交替」を実感する日となるだろう。

 一つ気になるのは、「国家戦略局」か。近代国家においては、最大の責任を持つものが最大の権力を持つ。とすれば、現憲法下では、内閣が政府権力の中枢でなければならない。それからすれば、またぞろ、自民時代の、国会の屋上屋を重ねる審議会政治の二の舞にならないのか。

 そもそも政府委員廃止と副大臣、大臣政務官のポスト新設は、政治主導を目指して、小沢氏などが肝煎りとなって導入したのではなかったか。だとするなら、 憲法機関の内閣とは別に、憲法外機関の国家戦略局をつくり、そこに権力を集中させようなどというのは、本末転倒以外の何者でもない。本筋は、人民の代表で ある議会に対して責任を有する内閣の機能強化であるべきだろう。

 つまり、官僚機構という伏魔殿を操縦するために、内閣および各国務大臣をサポートする政治任命のスタッフ・チームを導入し、内閣のインテリジェンスを強化することが政治主導という元来の趣旨に合致しているはずなのだ。

 現状の仕組みを利用するなら、副大臣、大臣政務官の増員、そのポストに付随する政策スタッフの政治任命の仕組みを作ればこと足りるのではないか。あと は、当の国務大臣が己の政策立案チームをマネジメントできるだけの才覚さえ持ち合わせていれば良いだけだと思うのだが・・・。

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コメント

足踏堂さん、コメントありがとうございます。

「また、一応内閣内組織ということになるのだろうと思いますので、むしろ内閣の機能強化のためなのではないでしょうか。」

 報道によると、「国家戦略局」には担当相がつくようなので、ご指摘のように、閣内組織のようですね。その焦点が予算編成にあるとすれば、米国大統領直属の、その局長ポストが閣僚レベルである行政管理予算局(OMB)を意識しているもののようにも見えます。鳩山由紀夫氏の祖父である鳩山一郎が首相在任中、旧大蔵省主計局を内閣に移そうとして果たせなかった前例も念頭にあるのかもしれません。

 ただ、いずれが政権をとるにしろ、中央、地方ともに、財政的に「無い袖は振れない」ことは変わらない。そうすると、まず国家予算配分の見直し、それに基づく優先順位付けの組み換えが必要になる。ただ、それで可能なことは恐らく規模的に限られている。とするならば、関曠野氏が主張するように、政府通貨の発行(+BI)を視野に入れずには収まらないのではないか、と思われます。歴史的に見れば、政府通貨はよくある存在で、フランス革命時のアッシニア紙幣、米国の南北戦争時代のグリーンバック、徳川期の藩札、明治期の太政官札や西郷札、などは知られているものです。数年前、スティグリッツが日本での講演で政府貨幣発行に触れたのもデフレ対策としてのものですが、それからしても理論的根拠があると言えます。

 来年度予算編成の見直しには膨大な人的資源とエネルギーがかかりますから、その過程の議論が透明化され、その上で、彼らの視野が早めに政府貨幣(+BI)に向けば、民主党政権に付託される期間も延びるかも知れません。

参照
関曠野さん講演「生きるための経済」についての質問とお答え - ベーシックインカム・実現を探る会:社会信用論
http://bijp.net/sc/article/79

投稿: renqing | 2009年9月 6日 (日) 20時04分

TB返しに参りました。
国家戦略局については大して知らないのですが、趣旨は、官僚主導の「縦割り」法案中心の現状を打破するため、官邸(=内閣)が主導となって、政策を打ち出していくというものであって、一定の役割を果たす可能性があるのではないかと私は考えています。また、一応内閣内組織ということになるのだろうと思いますので、むしろ内閣の機能強化のためなのではないでしょうか。そこには、副大臣や政務官を補強しようと縦割りには限界があるという反省があったからなのだろうと思います。
国家戦略局内の議論が、しっかりと国民に見えるかどうかが私は重要だと考えています。そこの透明性が高ければ、むしろ国民としては、内閣の目指す方向性が見えやすくなり、今までの裏で調整する自民党政治とは違ったものが見えるかもしれません。
なんだか、私は民主政権に好意的のように聞こえそうですが、こうした国家戦略局のようなものがあるなら、二大政党制はますますよろしくないだろうと考えていますので、そのあたりの矛盾がこの政権でよい方にアウフヘーベンされないかと、期待半分で見ています。

投稿: 足踏堂 | 2009年9月 4日 (金) 15時36分

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