識字化・革命・出産率低下(1)
「識字化=革命=出産率低下というシークエンスは、全世界的に普遍的とは言えないまでも、かなり標準的である。」p.61、下記1より
「識字化と出産率の低下という二つの全世界的現象が、民主主義の全世界への浸透を可能にする。」p.62、下記1より
「しばしばおそらくは大抵の場合、文化的・精神的テイクオフは移行期の危機を伴う。不安定化した住民は暴力的な社会的・政治的行動様式を示すことになる。精神的近代性への上昇には、しばしばイデオロギーの暴力の爆発が伴うであろう。」p.59、下記1より
エマニュエル・トッドの、
1.『帝国以後』藤原書店(2003)
2.『文明の接近』藤原書店(2008)
は、知的刺激に富んだ本である。21世紀におけるアメリカ合衆国の敗北を指し示す本なのであるが、当方の理論的関心は、その「移行期危機」理論に集中する。早速、解剖してみよう。
1)近代化前の伝統社会(高出生率+高死亡率)において、何らかの理由で、男性識字率が上昇する。
2)伝統的な家族形態のなかで、父親(文盲)世代と息子(識字)世代間において価値観を含んだ認識のギャップが発生し、コミュニケーション不全による葛藤が起こる。これが暴力やテロリズムを生み出す。
※識字率が上昇するということは、生活水準の改善を伴うだろうから、乳幼児死亡率を低下させるだろう。したがって、高出生率+低乳幼児死亡率=人口爆発となる。(これは私の補完)
3)男性識字率が上昇すると、一定期間経過後、女性識字率をも押し上げる。
4)女性識字率が上昇すると、出産決定に対する女性の意識が変化し(出産マシーンからの脱皮)、受胎調節が始まる。(低出生率+低乳幼児死亡率=近代的人口転換完了)
この2)の期間を、トッドは「移行期危機」と名づけ、どのような社会でも、近代化するにあたって起きている現象である、という。現在の先進国においても、ピューリタン革命(英)、フランス革命(仏)、ロシア革命(露)、というふうに、暴力と政治的テロリズムを伴う移行期を経験しているにもかかわらず、移行期が完了した現在、暴力的な社会変動は起きていない。だから、イスラムのテロリズムも、社会学的指標、人口学的指標がしめするところによれば、イスラムの宗教的特質から導き出されたものではなく、普遍的な現象であり、移行期危機が完了すれば、彼らの社会も落ち着くはずだ。2.の、pp.30-31には、「表1 世界史における識字化と出生率の低下」という一覧表が掲載されており考えさせられる。
トッドがこのような議論を考えるようになったのは、0911テロがきっかけと思われる。1.の原著は2002年にガリマールから出版されているからだ。イスラムがなぜ高学歴のテロリストを生むのか、という問題意識だと思われる。そのトッド流解答が上記の議論ということになる。
訳者の石崎晴己氏も2.の訳者解説で触れているように、歴史解釈において、若干無理な記述もあるようなので、全面的に妥当するかどうかは、トッドのこれからの理論的彫琢にかかっていると思われるが、一つの有力な理論的アプローチとして評価できそうだ。
(2)において、このトッド理論で「明治維新」を解釈するとどうなるか、が我々の課題となるだろう。
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