山森亮『ベーシック・インカム入門』光文社新書(2009)
■ベーシック・インカムの来歴
この本の良いところは、ベーシック・インカムに関して網羅的に書きまとめてあるところだ。特に、歴史的、思想史的来歴にかなり詳しい。日本でも既に第1次大戦後紹介されている経緯(土田杏村などにも触れている)などは興味深い。ベーシック・インカムについて、とにかく「どんなものか知りたい」というなら、この1冊で十分だと思う。
■気になるところ
かつて、1970年代、政治学者松下圭一が盛んに「シビル・ミニマム」論を唱えていた。これなどは、まさにベーシック・インカムの先駆だと思うが、本書では触れられてなかった。
また、経済学者辻村江太郎が、アダム・スミスの『国富論』の議論を敷衍して、市場交換(取引)においては、富者と貧者、力のあるものと力の無いものの間での交換は、最適にならないと論じた。そういった場合、貧者や力弱いものに対して、そのハンディキャップを埋める「交渉上の地歩」を与えなければ、市場メカニズムのメリットは発揮できない、と1980年代頃に、『経済政策論』(筑摩経済学全集)などで議論を展開した。そこらの指摘も欲しかった。その点も物足りない感じがする。しかしながら、これらの点は、本書の価値をいささかも減らすものではないことは言うまでもない。必読書であると思う。
■参照 山森亮『ベーシック・インカム入門』光文社新書(2009)(2)
目次
はじめに ベーシック・インカムとは
第1章 働かざる者、食うべからず―福祉国家の理念と現実
1-1ベーシック・インカムの概要
1-2福祉国家の仕組み
1-3 日本の現実
*第1章のまとめ
コラム①ベーシック・インカムは労働と所得を分離するか?
第2章 家事労働に賃金を!―女たちのベーシック・インカム
2-1アメリカの福祉権運動
2-2イタリアの「女たちの闘い」とアウトノミア運動
2-3イギリスの要求者組合運動
*第2章のまとめ
コラム②個人単位とフェミニズム
第3章 生きていることは労働だ―現代思想のなかのベーシック・インカム
3-1ダラ=コスタのユニークな解釈
3-2アントニオ・ネグリの論理
3-3青い芝の会―日本の障害者運動
*第3章のまとめ
コラム③リバタリアン・バージョンvs.アウトノミア・バージョン?
間奏「全ての人に本当の自由を」―哲学者たちのベーシック・インカム
第4 章 土地や過去の遺産は誰のものか?―歴史のなかのベーシック・インカム
4-1「野蛮なマルチチュード」の自然権
4-2市場経済の成立とベーシック・インカム構想出現の同時性
4-3フーリエ主義とJ.S.ミル
4-4ギルド社会主義と社会クレジット運動
4-5ケインズ、ミード、福祉国家
*第4章のまとめ
コラム④ベーシックインカムの起源は律令国家?
第5章 人は働かなくなるか?―経済学のなかのベーシック・インカム
5-1ベーシック・インカムは労働インセンティブを低めるか?
5-2技術革新と希少な労働
5-3誰がフリーライダーなのか?
5-4給付型税額控除―現実化した部分的ベーシック・インカム
5-5ベーシック・インカムと税制
*第5章のまとめ
コラム⑤-1ベーシック・インカムを主張するのはマイナーな経済学者?
コラム⑤-2ベーシック・インカムの断絶史
第6章 “南”・“緑”・プレカリティ―ベーシック・インカム運動の現在
6-1ベーシック・インカム世界ネットワーク
6-2〈緑〉のベーシック・インカム
6-3福祉権運動のその後とプレカリティ運動
第6章のまとめ
*ベーシック・インカムに関するQ&A
おわりに 衣食足りて・・・?
参考文献
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