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2010年4月12日 (月)

山森亮『ベーシック・インカム入門』光文社新書(2009)(2)

 私が読んで最も興味深かったのは、「第4章 土地や過去の遺産は誰のものか?―歴史のなかのベーシック・インカム」である。これを再度紹介しよう。

■モラル・エコノミーからポリティカル・エコノミーへ(18世紀末~19世紀初め)

 まず、トマス・ペイン(1737-1809)、トマス・スペンス(1750-1814)らによる先駆的なベーシック・インカム論をとりあげている。そこに現代イギリスの史家E.P.トムスン(1924-1993)*のモラル・エコノミー論を援用する。

 すなわち18世紀初めから19世紀中ごろまで続いたイングランドの「第二次エンクロージャー」が、独立自営農民、小地主を没落させ、大量の無産の 農民、貧民を生み出し、18世紀末から19世紀にかけてその貧民たちが暴動・蜂起を引き起こした。しかし、その暴動・蜂起は一定の規範に基づく秩序だったものだった。例えば、買占め業者を襲った場合でも、穀物を「民衆価格」で分配し、売上金を業者に渡していた。これは、中世以来のモラル・エコノミーにおいては、パンなどの生活必需品の値段は、「公正価格」、あるいは「民衆価格」と言われるものから乖離すべきではないし、不作の年などの投機・買占めによって 価格が高騰した場合には、生存のために貧民には抵抗する権利があると考えられたためだった。

 この18世紀末から19世紀初めにかけて、モラル・エコノミー側からの抵抗が起こる一方、ポリティカル・エコノミーが勃興する。その代表者が、アダム・スミスであり、彼を頂点とする「経済学」という学知の立ち上がりである。

 こうして、ブリテン島における18世紀から19世紀への転換は、社会の全面的市場化の激流を意味し、それが一方でモラル・エコノミーからポリティ カル・エコノミーへの転換として表れ、他方で息絶えたかに思われたモラル・エコノミーは、貧民の「権利としての福祉」として生き続け、具体的には、ペインやスペンスのベーシック・インカム論、またはスピーナムランド制などとして19世紀に引き継がれる。

■ベーシック・インカム論、フーリエ主義者からJ.S.ミルへ(19世紀中~19世紀末)

 ブリュッセルのフーリエ主義者ジョゼフ・シャルリエ(1816-1896)は、1848年、『自然法に基づき理性の説明によって先導される、社会問題の解決または人道主義的政体』においてベーシック・インカム論を展開する。土地私有制度から発生する問題を指摘し、地代を社会化し、それを財源としたベーシック・インカムを主張する。

 そして、フーリエ主義者らしく、ベーシック・インカム導入以後の労働の変化を論じる。つまり「飢餓の恐怖」に鞭打たれて行う強いられた労働より、基本的必要が充足している人々の労働のほうが現在でも優れている。だとすれば、すべての人々が後者の状態になることで、労働効率はじつは一層高まる。また、ベーシック・インカムを導入すると、3K(きつい、汚い、危険)の労働を誰もやらなくなるだろう、という反論には、逆に、市場機構が正常に働けば、3K労働の報酬は高くなるはずであり、そうして初めて、3K労働に社会が敬意を払うことになるのであって、そうした人々が困窮の淵にいる社会こそがおかしい、と論じる。

 イギリス古典派経済学の大成者、J.S.ミルは、その『経済学原理』第2版において、ベーシック・インカムを論じ、そのことによって労働が苦痛から楽しみに変わるのだ(つまり労働生産性は高まる)、というフーリエ主義者の議論を援用、展開している。著者山森氏は、日本にはJ.S.ミル研究の蓄積があるにもかかわらず、こういったミルのベーシック・インカム論への言及がほとんどなかったことを指摘する。

■ギルド社会主義から社会信用論へ、そして日本(19世紀末~20世紀)

 イギリスのジョン・ラスキン(1819-1900)、ウィリアム・モリス(1834-1896)にその源を発する、ギルド社会主義。A.J.ペン ティを嚆矢とし、『新時代』を舞台にして活躍した、編集主幹A.R.オレイジ、S.G.ホブソン、G.D.H.コールたち。この『新時代』において、C.H.ダグラス (1879-1952)が1918年から1924年にかけて展開したのが、国民配当、つまりベーシック・インカムであり、その根拠となるのが社会信用論である(本書では社会クレジットと呼んでいる)。そしてその『新時代』の諸論考は、事実上ダグラスとオレイジの共著とも言われており、文字通り、ギルド社会主義からこれら一連のアイデアが生まれてきたと言える。

 このダグラス理論は、1920年代の日本に詳細に紹介されている。ダグラス自身、1929年(昭和4年)東京を訪れており、そのタイミングにあわ せるように、1930年前後に『ダグラス派経済学全集』の一環として早くもダグラスの著書が翻訳出版されている。ダグラスの日本での影響の一つとして土田杏村(1891-1934)が、1930年『生産経済学より信用経済学へ』という社会信用論の著述を出し、そのなかでさきほどの「国民配当」を、「国民的配分」と述べ、適確にダグラス理論を紹介している。また、その土田杏村に師事していた久野豊彦*(1896-1971)も新感覚派の作家であると同時にダ グラス理論を受け継ぎ、紹介に努めていた。

■ケインズ+ベヴァリッジ=社会保障モデル vs ミードのベーシック・インカム

 ケインズは大恐慌のさなか、ダグラスを含む(ケインズの言う)過小消費説を検討し、有効需要理論によって経済学を刷新する。そして1942年の 『ベヴァリッジ報告』を支持し、戦後の社会保障・福祉国家モデルを遺産として残す。一方、ミードは1930年代から1990年代に世を去るまでの長きにわ たって、「社会配当」という名のベーシック・インカムを提唱していた。ミードにおいて特筆すべきは、ベーシック・インカムと環境問題を関連付けていて、 ベーシック・インカムの導入が労働の供給と需要を減らし、環境問題にはプラスに働くことを想定していた。

 以上、ベーシック・インカムから見た、もう一つの経済思想史となっており、山森氏のこの書を類書に無い優れたものとしていると言ってよいだろう。

※E.P.トムスンの主著は既に翻訳されている。

E.P.トムスン『イングランド労働者階級の形成』青弓社(2003年)

※なお、久野豊彦(1896-1971)については、下記の研究がネット上でPDFファイルとして入手可能である。

モダニスト久野豊彦と新興芸術派の研究
課題番号17520105
平成17 年度~ 19 年度
科学研究費補助金基盤研究(C)
研究成果報告書
平成20年3月
研究代表者中村三春

※詳細目次は下記を参照
山森亮『ベーシック・インカム入門』光文社新書(2009)

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