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2010年4月19日 (月)

モラル・エコノミー Moral Economy を巡る若干の議論

 先に、ベーシック・インカムに関する本を取り上げた。その中で、興味深かったのは、E.P.トムスンのモラル・エコノミー論とそれを巡る時代的文脈だった。

 その一方で、E.P.トムスンの仕事を日本で引き継いでいるイギリス近世・近代史家自身から、この「モラル・エコノミー」論に関して強い批判↓もある。

  近藤和彦『民のモラル』十年有半

 また近藤氏の著作中にもこうある。

ちなみに、E.P.トムスンの Customs in Common におけるスコットランド啓蒙の批判は、①民衆文化とのちがいを指摘する点に重きがおかれていて、その点はわたしも賛成だが、②18世紀の世界の重商主義的秩序から19世紀の自由主義的秩序への転換における啓蒙思想 → 功利主義の意義を見過ごしている点で、不満である。わたしがモラル・エコノミーという用語になじめない理由の一つは、民のモラルと啓蒙的モラル(市民的公共性)との相克を相対視しにくいから、である。モラルを主張したのは民だけではない。
近藤和彦著『民のモラル 近世イギリスの文化と社会 』山川出版社(1993) 、資料・文献解題p.16

 'moral'なる語の18世紀的文脈については、十余年前、知り合いの経済学史専攻の院生Kさんから注意を受けたことがある。'Moral Philosophy' は、現代の日本では「道徳哲学」という意味合いで受け取られるかもしれないが、18世紀スコットランド、イングランドの文脈では、 'Natural philosophy 'との対義的用語として使われていた。そして、'Natural philosophy' が今でいう「自然科学(=自然界について理論的に考察する学問)」に対応するのだから、'Moral Philosophy' は、「道徳哲学」という狭い使用法ではなくて、より広義の「社会科学(=人間社会について理論的に考察する学問)」ということになるはずだ、と。

 これと全く同じ指摘は、下記にもあった。

The seventeenth- and eighteenth-century writings in which we find the material we think of as part of ethics did not generally have so narrow a focus. Rather, moral philosophy was simply the study of the whole of human action, undertaken with the hope of improving practice.
J.B. Schneewind, Moral Philosophy from Montaigne to Kant An Anthology (Vol. 1), Cambridge UP, 1990, p. 2.
MORAL PHILOSOPHY 様からの孫引き

 だとすると、'moral'の18世紀の文脈は、「人間に関する」とか「人間の行動に関する」ぐらいのものと判断してよさそうだ。とすれば、18 世紀末のある種の規範に服する食糧暴動などをあえて 'Moral Economy' と命名するのも、問題なしとしないだろう。

 そもそも、トムスンが「わからない」と明言しているように、この 'Moral Economy' なる言葉の起源・語源が、18世紀文献にあるかどうか怪しいのでる。これに関しては、ある意味、決定的な傍証がある。下記。

引用Ⅰやってみましたけれども、どうもこのトムソンさんが使っている「なんでもありの世の中に対して、そうじゃない倫理的な、人らしい生き方をすべきだ」という文脈にぴったりの用法というのは、まだ出ていないような気がします。1800年までではね。そうではなくて、18世紀の前半ですと、たいてい聖職者とか、世俗の人であっても宗教のことを論じているところ で、「神の摂理とモラル・エコノミー」「moral economy of Jesus Christ」とかね、そういうふうな、神様が定めた世の中の在り方みたいな、神学論議なのですね。前半はずっとそうなのです。

引用Ⅱとにかく、ECCO からわかってくることは、18世紀の前半は神学論議の中でしか出てこない「moral economy」が、18世紀後半には、やはり神学者たちの用法もあるのですが、世俗的な用法が増えている。まず、「moral economy」のヒットする数が、18世紀後半になるとどんどん増えてきて、1790年より後になるともっと増えてくるのですね。だから、本当は1800年より後を知りたいのです。もっと、グーッと用例が増えてきているはずなのですよ。19世紀に入るとロマン主義の時代、ワーズワース (William Wordsworth, 1770-1850)などの時代ですから、古くからの人間的な共同体を大切にした世の中、文化みたいな用法が出てくるのではないかと予想されるのです。トムソン先生はもしかしたら、そういうのを読んで、もう19世紀なのだけれども、なんか18世紀だったような気がしていたのかもしれない。最後の結論が出ないのがちょっと弱いのですけど(笑)、ECCOがなかったらそんなこと、ちょっと調べてみようなんて絶対考えないのです。やってみて、こういう傾向性があるのだと、そしてその先に本当の答えはありそうだということは予想できる。ですから、「Nineteenth Century Collections Online」を早く作ってくださいということです。(笑)
引用Ⅰ
引用Ⅱともにインタビュー: 東京大学 近藤 和彦 先生 Eighteenth Century Collections Online ECCO

  これは、18世紀に刊行された英語の出版物すべてをデジタルデータ化するという化け物みたいな文書データベースで、近藤氏が用語検索した結果である。凄ま じい威力。これから出てくる結論はほぼこうだろう。「モラル・エコノミー moral economy は、18世紀中に使用例は複数存在するが、それはE.P.トムスンが使用する語義、文脈ではない。」

 ただし、この「モラル・エコノミー」はかなり広範に学界で使われてしまっているのが現状。下記。

今日、モラル・エコノミーの概念は、トムスンのここでの定義に近い、自給経済とか農業社会という意味で、すなわち市場経済の対立概念として使われることが多くなっている。その場合、トムスンはポランニと一括されて先駆者という扱いを受けている。
CiNii 論文 -  田中秀夫「18世紀ブリテンにおける社会秩序観の転換 : モラル・エコノミーとポリティカル・エコノミー」PDFファイル、19/21より、全文DL可能。

 以上を総合すると、18世紀ブリテンの文脈を重視するかぎり、誤解・混同を生む危険性が高いので、代替的な言葉を編み出したほうがよさそうだ。しかし、そうそう見つかりそうもない気がする。徳川社会経済史の中から作り上げてみるのも一法だろうか。速水融氏の'勤勉革命Industrious Revolution'ように。

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