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2010年5月 1日 (土)

渡辺浩『日本政治思想史 ― 十七~十九世紀』東京大学出版会(2010年)(7)

■徂徠学ヘゲモニーの歴史的帰結

 「既に我々はみなポストケインジアンたらざるを得ないのだ」と記したのは、Paul Sweezy だったか、Maurice Dobb だったのか。このところ経済学の文献にはとんとご無沙汰しているので、もはや記憶が定かではない。この伝でいけば、徳川日本の18世紀に呼吸した知識人たちにとり、「すでに誰もがポスト徂徠学派たらざるを得ない」事態が出現していた。それも全国的に。その覇権ぶりは、前出の中野三敏氏の著書や小島康敬氏の論文を見ても一端が伺える。中野氏の見取り図に従えば、それまで学芸の中心であった京から、関東にそれが移った。すわなち、列島史上初めて、学芸のヘゲモニーが箱根を越えたことになる。これが帰結の第一。

 ケインズの経済学が後世の学者たちに「ケインジアンの経済学」として消尽されたように、徂徠の学は徂徠学者の学として消尽され、解体される運命にあった。渡辺氏が挙げる分流は四つ(渡辺書、pp.202-9)。
①統治の技術学としてあくまで権力者に働きかける。
②脱政治化=文人として生きる。
③無道徳化。「徂徠学を学ぶと人柄が崩れる、放蕩無頼になるというのが、定評・定説になっていった」(渡辺書、p.205)。
④ 徂徠学の存在意義の否定。徂徠学(聖人の道の再建)を必要としないほど、徳川日本の世は素晴らしい。すなわち、聖人が統治しているわけでもないのに、また 聖人の作った制度が運用されていないのに、現実が太平で、繁栄しているとするなら、それは日本人がもともと素晴らしく、優れているのだという、日本優位論 として日本特殊論への変異。

 そしてついに、18世紀末には徂徠学ヘゲモニーに対する最終的な反革命が、特に③への憂慮・反発から起きる。これが寛政異学の禁(1790年=寛 政2年)ということになる。事実、渡辺氏も指摘するように、寛政の三博士の一人、尾藤ニ洲は徂徠学を修めたのち京で朱子学に転向している。他の朱子学者連 も、若き日になんらかの形で徂徠学の洗礼を受けていないものはないだろう。ここでも中野三敏氏の図柄に従えば、関東の知的ヘゲモニーに対する京儒の覇権奪還の挑戦状と見ることも可能だ。

■明治維新の思想的起源*?

 渡辺氏によれば、明和事件(1766,明和三年)の主人公、山県大弐(またはその主著『柳子新論』)の思想はこうである(渡辺書、pp.209-215)。

①基本的枠理論組みは、徂徠学(とくに太宰春台)に近い。大弐は太宰春台の孫弟子。
②徂徠学が文明の聖人製作論なら、大弐は古代天皇による 製作論。この背景には、禁裏(天皇)に中華の風を見る君主像が存在する。平安京の整然とした都市プラン(「天円地方」)、禁裏に残る様々な有職故実はまさ に中華風。国学者は当然そう語らないし、明治維新以降この伝統的イメージは隠蔽される**。「~の小京都」という形容は噴飯物だ、という渡辺氏の指摘は大いに笑える。

 ここで渡辺氏は特に触れていないが、この事件が18世紀の半ば過ぎであることを考慮すると、この禁裏に対する中華帝国風の君主像は、本書第十九章 とも関連して、儒家的知識人には共有されたものだったことを推測させる。また、大弐の一方の師である加賀美桜塢(かがみおうう、神主)が山崎闇斎の学統を 引くことから、禁裏に対するその中華風君主像や、その武家政権放伐論と闇斎学派の大政委任論の関連などが、闇斎系朱子学・垂加神道から引き継いでいる可能性も、検討の余地があるだろう。

*山県大弐(またはその主著『柳子新論』)について、明治維新の思想史的系譜を主張するのは、下記。
市井三郎『思想からみた明治維新―「明治維新」の哲学』講談社学術文庫(2004)

**だから、千年の伝統を有する摂関制を清算するためにも、禁裏統治の国制であった平安・奈良ではなく、神武創業まで戻ったわけだ。その一方で、一世一元の元号制は明朝がその魁だし、太政官制、新律綱領・改定律例の刑法典***などは露骨に中国モデルでもあるわけで、う~む、どう考えたらよいのだろ うか。(参照:梅棹忠夫『近代世界における日本文明』2000年 、p.339、「明治国家のモデル論」 ; 岩波日本近代思想大系71992、『法と秩序』 水林彪「新律綱領・改定律例の世界」)

***明治初期刑法典と徂徠学の関連については、新律綱領の起草者の一人である鶴田皓の曾孫の方が詳しいサイトを開かれているので、参照をお薦めする。下記。
Ⅸ.律を通じて荻生徂來の思想に近づく

(8)へ続く。

読み終えた部分。

序 章 本書への招待
第一章 「中華」の政治思想――儒学
第二章 武士たちの悩み
第三章 「御威光」の構造――徳川政治体制
第四章 「家職国家」と「立身出世」
第五章 魅力的な危険思想――儒学の摂取と軋轢
第六章 隣国の正統――朱子学の体系
第七章 「愛」の逆説――伊藤仁斎(東涯)の思想
第八章 「日本国王」のために――新井白石の思想と政策
第九章 反「近代」の構想――荻生徂徠の思想
第十章 無頼と放伐――徂徠学の崩壊

第十一章 反都市のユートピア――安藤昌益の思想
第十二章 「御百姓」たちと強訴
第十三章 奇妙な「真心」――本居宣長の思想
第十四章 民ヲウカス――海保青陵の思想
第十五章 「日本」とは何か――構造と変化
第十六章 「性」の不思議
第十七章 「西洋」とは何か――構造と変化
第十八章 思想問題としての「開国」
第十九章 「瓦解」と「一新」
第二十章 「文明開化」
第二十一章 福沢諭吉の「誓願」
第二十二章 ルソーと理義――中江兆民の思想
あとがき

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