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2010年5月 2日 (日)

渡辺浩『日本政治思想史 ― 十七~十九世紀』東京大学出版会(2010年)(8)

■契沖

 契沖が、いま我々が高校の古文テキストで見る「歴史的仮名遣い」を定礎した(『和字正濫鈔』1695)人物であることは、本書で知った(pp.250-1)。契沖のテキスト研究法は、研究資料の広範な収集とその相互比較である。こういう組織的な研究法をどのようにして契沖は身に付けたのだろうか。本居宣長には先行者として、徂徠・契沖・賀茂真淵がいる。賀茂真淵には荷田春満・契沖・徂徠がいた。それなら契沖は?

 それについては本書では触れられていない。そこで若干調べたが、影響がありそうなのは、契沖自身が真言僧であり、そのため当然、悉曇(しつたん) 学、すなわち当時のサンスクリット学の修練を受けていること、そして彼の周辺に真言の巨匠であり、悉曇学の泰斗である浄厳(じょうごん)がいたことなどが挙げられる。また、徳川光圀がパトロンになって『万葉代匠記』が完成していることから前期水戸学の実証研究法との交流も考えられる。ついでにいえば、現代様式「五十音図」の最初の作成者も契沖のようである。

 ただそれにしても、儒学の道理のような「ことごとしさ」は「いつはり」であり、「心のまこと」こそが本来の人間性なのである、という反儒学メンタリティーの起源はどこなのだろうか?

■賀茂真淵

 本書中に「太宰春台の弟子に学ぶ」(p.252)とあるのが、渡辺蒙庵(もうあん、1687-1775)である。太宰春台に学んだ浜松の儒医。真淵は一方で、荷田春満(かだのあずままろ)の門人杉浦国頭(くにあきら)には手習い時分から習っている。前者からは古文辞学、老荘思想、後者からは、春満の古学をそれぞれ学んだ。

 後年(1746年)、徳川吉宗の次男であり、現将軍の弟、田安宗武の和学御用となる(本書p.252)。この歌人・国学者、田安宗武の七男が、寛政の改革の主人公、松平定信である。当代の教養人定信が根っからの尊王家であって、大政委任論者だったとしても不思議ではない(本書第十九章参照)。またこの類推でいけば、逆に部屋住み時代に国学者に深く学んだ半世紀後の大老、井伊直弼が確信的大政委任論者だったが故に、強引な政治を進めたこともある意味腑に落ちる。

 賀茂真淵の学問的革新は、実に徂徠学の方法論を日本に応用したことにあり(本書p.253)、彼の唐国批判も老子の援用だった。

■本居宣長

この精神の構えは、無論、彼の「歌学び」の擬古主義と合致する。いわば「擬古道」であり、「擬古の遊戯」(上田秋成『安安言』寛政四年序)である。それは到底生まれながらの「真心」ではない。屈折した演技と偽装の生である。 本書、p.272

つまり彼はその死後まで、周到に「世間並」であることを仮装しつつ、世間への完全な同化は避けたのである。 本書、p.275

 こういうところを見ると、宣長とは逆の位相かもしれないが、三島由紀夫を想起してしまうのだが・・・。もし、この私の勘が当たっているとするならば、宣長は徳川日本が生み出した、「主体化」した「自我」を持つ、一人の「近代人」なのかもしれない。

*宣長が実は周到に儒者のテキストにも細かく目を通し、評価すべきはしている、ということの一例として、本居宣長記念館サイトの一文を引証しておこう。

太宰春台

(9)へ続く。


読み終えた部分。

序 章 本書への招待
第一章 「中華」の政治思想――儒学
第二章 武士たちの悩み
第三章 「御威光」の構造――徳川政治体制
第四章 「家職国家」と「立身出世」
第五章 魅力的な危険思想――儒学の摂取と軋轢
第六章 隣国の正統――朱子学の体系
第七章 「愛」の逆説――伊藤仁斎(東涯)の思想
第八章 「日本国王」のために――新井白石の思想と政策
第九章 反「近代」の構想――荻生徂徠の思想
第十章 無頼と放伐――徂徠学の崩壊
第十一章 反都市のユートピア――安藤昌益の思想
第十二章 「御百姓」たちと強訴
第十三章 奇妙な「真心」――本居宣長の思想

第十四章 民ヲウカス――海保青陵の思想
第十五章 「日本」とは何か――構造と変化
第十六章 「性」の不思議
第十七章 「西洋」とは何か――構造と変化
第十八章 思想問題としての「開国」
第十九章 「瓦解」と「一新」
第二十章 「文明開化」
第二十一章 福沢諭吉の「誓願」
第二十二章 ルソーと理義――中江兆民の思想
あとがき

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